ちょっとした事で浮き沈みする自分の心を持て余しつつも、月也の何気ないフォローのおかげで、星良はバーベキューをそれなりに楽しく過ごす事が出来た。怪我のせいで川などで思い切り遊べなかったのは残念だが、青空の下で食べるお肉や野菜は美味しかったし、夏のいい思い出になったと思う。
 ただ……。

「やっぱり降ろして!!」
 山道を登るときも降りるときも言った言葉を、星良は再び口にした。今度は山にいた時よりも強い口調で言ったのだが、太陽は相変わらず聞く耳を持たないようだった。
「ダーメ。家までこのまま連れて帰る」
「歩くのダメなら、タクシー乗る!」
「そんな贅沢しなくても、近いんだし、いいだろ?」
「よーくーなーいー」
 背中の上でじたばたする星良だが、太陽は可笑しそうにくすくす笑うだけだ。
 すれ違う人が照れて暴れる星良を見て笑っているのを見て、星良は恥ずかしくなって、太陽の肩に顔をのせるようにして顔を伏せた。
 山道はまだよかった。そんなに人にすれ違わないし、歩き以外の移動手段がないなら仕方がないとも思えた。それに、二人きりじゃなかったから恥ずかしさもまぎれた。
 だが、街中は違う。
 バス停からは、神崎家と三人の家は逆方向。月也は太陽の荷物を預かったままひかりを送っていったため、星良は太陽におんぶされたまま二人きりで帰る事になったのだ。
 大した距離じゃないとは言え、たまにすれ違う人達の視線が刺さり、ものすごく恥ずかしい。だが、太陽は気にした様子もなく、むしろ楽しそうだった。
「太陽、恥ずかしくないの?」
「なんで?」
「みんな物珍しげに見てくじゃない」
 不思議そうに答えた太陽の耳元で囁いたが、太陽はちらりとすれ違う人に視線を送っただけで、全く動じる様子はなかった。
「大切な人を大事にしてるところを見られても、何も恥ずかしくないよ、オレは」
「なっ……」
 恥ずかしげもなく口にした太陽の言葉に、星良は思わず太陽の背中から身体を離した。急に重心が後ろにずれ、一瞬バランスを崩しかけた太陽は苦笑を浮かべた。
「星良、落ちるから大人しくしてて」
「だって……」
「星良」
「……はーい」
 たしなめるような太陽の口調に、星良はしぶしぶ従った。早くなった鼓動が背中から伝わらない様にほんの少しだけ身体をはなしつつ、太陽の背中に身体を預ける。
 子供の頃より大きくなった背中は頼りがいがあって安心感があった。同時に、いつのまにか、「男の子」から「男の人」になっていたと、異性を感じてしまってドキドキしてしまう。
 太陽は、こんなに密着していても、自分を異性として意識しないのだろうかと横顔を盗み見たが、その横顔に照れなどは微塵も感じられなかった。
 星良はまだ発展途上と信じている自分の胸元を思い出し、小さく溜息をついた。もっと大きな胸だったら、わざと押し付けて意識させてやるのに……と、悔しく思う。鍛え抜かれた身体は普通の女子よりも柔らかさが足りなく、中身だけでなく身体つきも女らしさが足りない。
 今まではそんな事を気にした事もなかったのに、そんな風に考える自分がなんだかおかしかった。
 星良は再び近くにある太陽の横顔を見つめた。少し日に焼けている綺麗な肌。長めの睫毛に縁取られた、柔和な鳶色の瞳。すっと通った鼻に、形のいい唇。密かにファンクラブが結成されているのが納得できる程、綺麗な顔立ち。顔が小さく、引き締まった背の高い肢体はモデルになってもおかしくない。
 それに比べ、自分はなんて平凡なんだろうと思う。良く言って十人並。中の中、もしくは中の下くらいかもしれない。
 幼馴染として当たり前のように傍にいるが、もし幼馴染じゃなかったら、こんなにも太陽の傍にいられただろうか……。
 星良は少し不安になって、太陽の首に回した手にぎゅっと力を入れた。
「どした?」
「……なんでもない」
 小さな声で星良が答えると、太陽は無言で星良を背負いなおした。ちらりと横顔を見ると、何故か先ほどよりも少し嬉しそうな顔をしている。
「重いもの背負ってるのに、何で嬉しそうなの?」
「え?」
 星良の問いに、太陽は驚いた声をあげる。そして、横目で星良を見つめた。
「嬉しそうな顔してた? オレ」
「うん」
 頷くと、太陽は照れたようにはにかんだ。
「何? そのリアクション」
「んーー?」
 誤魔化そうとする太陽に、星良は唇を尖らせた。
「なによー」
 不貞腐れる星良に、太陽は困った様に微笑んだ。だが、じっと見つめる星良に根負けしたのか、口を開く。
「いや、なんか、久しぶりに甘えてくれたかなーって」
「え?」
「星良、あんまり頼ったり甘えたりしてくれなくなったから、嬉しかったのが顔に出た」
「…………」
 西日に照らされた太陽よりも自分の顔が赤くなっているのを隠す様に、星良は太陽の肩に額をあてるように俯いた。
「子供の頃とは違うってわかってても、少し寂しいなーとか思ってたからさ。最近、オレよりも月也のほうが何か星良のことわかってる感じだし、今日も月也が助けちゃうし」
 恥ずかしい告白ついでに全部言ってしまえというように、太陽は早口で言いきった。
「何それ、ヤキモチ?」
「んー、そうとも言うのかな?」
「ふーん」
 そっけなく言いながらも、星良は頬がゆるむのが抑えられなかった。
 たとえそれが恋愛感情じゃなかったとしても、嬉しいものは嬉しい。
「あたしが甘えた方が、太陽は嬉しい?」
「頼られなくなったら、寂しいよ」
 優しい太陽の声が、耳にくすぐったく響く。
 自分を想ってくれるその気持ちは、いつか恋愛感情に変わってくれるだろうか?
 太陽はさすがに照れたのか、誤魔化す様に「よいしょっ」と言いながら星良を背負いなおした。
「でもね、星良」
「ん?」
 ゆるんだ顔で、星良は太陽の横顔を見つめた。
 太陽は、にこっと笑いながら、横目で星良を見る。
「夏休みの課題は、頼らせないからな」
「……え」
 幸せな気分が吹き飛び、ぴしりと固まる星良。
 太陽は笑顔のまま続ける。
「星良、ほとんど終わってないだろ。月也や久遠さんにも頼らせないように言ってあるから、怪我もしてる事だし、残りの夏休み、大人しく勉強するように」
「ちょっ!? そういう所ほど甘えたいんだけど!!」
「ダメ。星良はやればできる子なんだから、自分でちゃんとやりなさい」
「頼ってほしいって言ったの、太陽じゃん!」
「それとこれとは別問題だよ」
 ほわほわした幸せな気持ちは何処かへ行き、いつも通りのやりとりが続けられる。
 だけど、それはそれで幸せだった。
 変に意識してぎくしゃくした態度をとるよりも、じゃれあうようないつもの会話が、星良は楽しくてしょうがなかった。

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