翌日から、放課後の校内は文化祭に向けての準備に励むもので、残暑の厳しさだけではない熱気に満ちていた。
 校門を彩る手作りの門などを作るものもいれば、部活で出し物をする為の練習をしているもの、クラスの出し物の準備をするものもいる。文化祭実行委員はそれらを統括するための話し合いに余念がない。
 星良たちの通う高校は行事に力を入れており、文化祭や体育祭には生徒の家族以外のお客さんも多く訪れる。部活によっては毎年恒例のレベルの高い出し物があり、それを目当てにくるお客さんも多い。
 そして、そんな多くの来客によって、学年ごと・部活ごとに優秀賞が選ばれる事も、生徒たちの士気が高い理由の一つだった。優秀賞に選ばれると、ささやかながら商品も得られ、さらにはこの後に控えている体育祭に有利な条件を得られるとあって、生徒たちは準備に熱をあげるのだ。

 そんな中、空き教室で特訓していた星良は、最後の一人がぱたりと倒れこんだのを見て小さく嘆息した。
「なによ、大下ももうギブアップ?」
「もうって、神崎。俺、めっちゃ頑張ってるって! めっちゃ!」
 マットの上に転がったまま、口だけ動かして訴えるクラスメイトの大下。先にギブアップし、壁にもたれかかって休憩中の他の男子も大下に同意するようにこくこくと頷いている。
「暑いしねぇ。 この部屋蒸すから、体力奪われやすいんだよ、星良さん」
「そうそう! 高城、もっと言え!」
 月也がいると間に入ってくれるのがわかっているからか、少し強気になるらしい男子達。星良も熱中症にならぬよう、水分補給や休憩時間を考えて特訓しているつもりなのだが、彼らにはまだ辛いらしい。
「わかったわよ。んじゃ、10分休憩ね」
「指一本動かす気力もねーのに、10分後に動ける気がしねぇ」
 げんなりとした男子を横目で見つつ、星良もペットボトルに入ったスポーツドリンクで水分補給する。朝、カチカチに凍らせてきたはずのそれは、既にほとんど溶けきっていた。
「あんたたち、筋はいいんだからもうちょっと頑張ってよ。うちの監督さんから期待されてんだからさ」
「まー、それはわかってるんだけどなー」
 ぐったりとしながら、彼らは苦笑を浮かべる。
 舞台監督を任されたクラス委員は、主要メンバーの演技力のなさに頭を悩ませていた。ルックスで選んだのはいいが、あまりに大根役者過ぎて、これでは票数を得ることが難しいと考えたようだ。それで、せめてアクションで票を獲得したいらしい。練習を始めて数日、派手にかっこよくきめてくれと頼みこまれた。
「もうちょっとさまになれば、獲得票も増えると思うんだよね。だから、頑張ってよ」
「神崎に励まされても、やる気がでねぇ」
「……あのねぇ」
 男子の正直すぎる呟きに、顔をひきつらせる星良。
 その時、トントンと教室の扉がなった。星良がこたえると、がらりと扉が開く。
「星良ちゃん、ちょっとお邪魔していい?」
 廊下に立っていたのは、制服の上にエプロンをつけたひかりだった。手には、数枚のお皿がのったおぼんを持っている。
「ちょうど今休憩中だから大丈夫」
「そっか、よかった」
 にっこりと笑みを浮かべたひかりを教室の中に入れると、ぐったりと横たわっていたはずの男子達は突如すっくと立ち上がった。
「久遠さん!」
「どうしたの? 俺たちに何か用?」
「指一本動かないんじゃなかった?」
 軽い足取りでひかりに近寄ってきた彼らを星良は軽く睨んだが、彼らは全く気にしていない。ひかりのエプロン姿以外は目に入らないようだ。
「星良ちゃんたちに、試作品を味見してもらおうかと思って」
 教室の隅に移動してある机の上にひかりが置いたお皿の上には、数種類の甘味やおにぎりがのっていた。
「クラスの人以外の意見も聞いた方がいいって話になったの。協力してもらってもいい?」
「もちろん喜んで協力するよ!」
 ひかりは星良に向かって言ったのだが、その後ろに立つ男子達の方が早く答えた。うきうきとしたようすで、お皿に手を伸ばす。
「ったく、調子がいいんだから」
 先程まで死んだ魚のようだったのに、ひかりが姿を見せたとたん水を得た魚のように元気を取り戻している男子達。この差は何だと一瞬思った星良だが、ひかりに笑顔を向けられて、差を直ぐに思い知らされた。
「星良ちゃんも、良かったら食べて」
 相手の心も明るく照らす、眩しいばかりの笑顔。それを見て、元気をもらう男子の気持ちがわかる。
「これ、超うまい。久遠さんの手作り?」
「私のっていうより、調理班みんなの手作りだよ」
「えー、久遠さん、調理班? 売り子さんじゃないの?」
 勿体ないと言わんばかりの男子達。確かに、ひかりが表に出ないのは星良でも勿体ないと思ってしまう。
「ううん。当日は売り子もやるよ。料理も好きだから、調理班もやってるの」
「そっかぁ。久遠さん、料理も好きなんだ」
 ますます相好をくずしてひかりを見つめ、男子達は料理を頬張る。もはや、ちゃんと味わっているか疑問だ。ひかりが作ったと思ったら、なんでも美味しいと感じているに違いない。
「好きなだけで、得意ってわけじゃないからね」
 期待値が上がったのを感じたのか、慌てて小さく手を振って否定するひかり。その仕草が、また可愛い。可愛い子は、何をやっても可愛いのだ。
「星良ちゃんは、どれがいいと思う?」
 黙って食べていた星良に、ひかりは小首を傾げた。
 お団子を食べていた星良は、二番目に食べたお団子を指さす。
「この草団子が美味しい」
 一口サイズの草団子が三つ串に刺さり、上に薄くこしあんが乗ってる。優しい甘さが絶妙で、最初に食べたみたらし団子よりも星良は好きだと思った。
 その答えに、ひかりが一瞬目を丸くしたので、星良はきょとんとする。
「え、何か変な事言った?」
 尋ねた星良に、ひかりははっと我に帰ると慌てて手を振った。
「違うの、さすが星良ちゃんだなって思って」
「さすがって?」
 きょとんと尋ねる星良に、ひかりは柔らかく笑む。
「それ、朝宮くんがつくったから」
「え……」
「味の好みも一緒なんだね」
「ずっと一緒にいると、そこまで似るもんなんだねぇ」
 くすっと笑った月也の発言に、思わず顔が赤らみそうになる。
 知らずに選んだ、太陽の味。そんな自分が、何だかくすぐったい。
「朝宮、料理までできんのかー」
「あいつ、なんでもできるよなー」
 悔しそうに草団子を頬張る男子たちだが、言葉に棘はない。同姓にも好かれているのは、太陽の人徳だ。それが、何だか嬉しい。
 
 全種類を食べ終え、それぞれ感想を述べると、ひかりはそれをメモして、お礼を言うと自分のクラスメイトの元へ帰っていった。それを、男子達は名残惜しそうに見送る。
「さて、もう元気いっぱいだよね?」
「え……」
 彼らの後ろ姿にそう声をかけると、その背がぎくりと固まった。
 そろりと振り返った彼らに、星良はにっこりと笑む。
「今度は、本当に指一本動かせなくなるまで、頑張ってみようか」
「うわぁあん! 久遠さん、戻ってきてー!」
 ひかりに助けを求める彼らの首根っこを捕まえ、太陽の味に元気をもらった星良は、楽しげに地獄の稽古を再開したのだった。

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