文化祭はその後、大きな問題が起きることはなかった。マナーの悪い客と呼べないような人間を数人、教育的指導をしたくらいで、ひかりが危険な目にあうこともなかった。
 二日目が問題なく終わると、片付けを終えた後、優秀賞が発表された。
 星良たち一年の優秀賞は、太陽たちのクラスを僅差でおさえ、星良たちのクラスが受賞した。高レベルのアクションと、ハプニングを上手く利用したアドリブが評価を得たらしい。太陽たちのクラスは、男たちが騒いだことで票を逃がしたようだった。
 賞品のお菓子とジュースはおまけのようなもので、来月行われる体育祭でのアドバンテージが貰えることで盛り上がる。もう、気持ちは来月に向かっていた。


「まぁ、星良さんがいるってことで既にアドバンテージ貰ってるようなもんだよね」
 文化祭の代休あけの火曜日。どのクラスでもさっそく誰がどの競技にでるかの話し合いが行われていた。
 勝手に隣の席に移動してきた月也を、星良は頬杖をつきながら横目で見た。
「そう?」
「だって、個人競技はどれ出たって一位確定でしょ。団体戦も女子の中に一人男子が入ってるようなもんだし、有利だよね」
「誰が男子よ」
 むっと言いかえしたが、月也は目を三日月にして微笑むだけだ。
「そんな事言っても、太陽だってどれ出たって一位とるから差はないんじゃない?」
「それは確かにそうかもね」
 星良も太陽も、運動に関して不得手な物はない。不得手どころか各部活にスカウトされるくらいの実力はある。個人競技であれば、あまり負ける気はしない。
「それよりさ……」
 星良はクラスメイト達をみやりながら、小首を傾げた。
「なんか、男女の組み合わせが増えてない?」
 今日は部活が始まる時間を遅らせ、ホームルームの後に各クラス体育祭の話し合いをしている。授業とは違い、各々好きな席に着席していて、星良と月也は一番後ろに座っているので全体が見えるのだが、以前よりも異性と隣り合わせに座っている者が増えているのだ。
「そりゃあ、イベントってカップルが増えるからね」
「そんなもの?」
「そんなものでしょ」
 ふーん、と相槌を返しながら、星良はぼんやりとクラスメイト達を眺めた。
 文化祭の準備が始まる前よりも、距離が縮まったように見えるクラスメイト。互いに話す時にかわす視線がただの友人以上に親しげだ。女友達である自分に向ける瞳と全く違うのがわかる。
 その瞳が、ひかりの物と重なった。
 胸が、チクリと痛む。
 イベントが互いの距離を縮める作用があるのならば、ひかりと太陽もそうであってもおかしくない。
 文化祭の後、それぞれのクラスの打ち上げのために太陽とひかりが一緒に去っていくのを見送ったのを思い出す。太陽と話すひかりの瞳が、以前とは違う気がしたのは気のせいではないかもしれない……。
「って、何すんのよっ!」
 ぼんやりと考えていた星良の頬を月也がぷにっと人差し指でつついたのを大声で突っ込む星良。クラスメイトもだんだん慣れてきたのか、驚いて振り返ったもののいつもの事かと、すぐに視線を黒板に戻している。
「いやぁ、星良さん、どこか遠くに行ってるなーと」
「別に、どこにも行ってないけど」
 言いかえしてから、はぁっと溜息を吐く。それから、ちらりと月也を見た。
「ねぇ、月也はどうやってかおる先輩と付き合う事になったの?」
「突然、らしくないこと聞くね、星良さん」
 目をぱちくりさせる月也。確かに、自分から恋愛話を振ることは珍しいと星良も自覚している。だが、他にそんな話を気軽に聞ける相手もあまりいない。
「だって、月也があんな素敵な年上女子とどうやったら付き合えるのか疑問じゃない」
 かおるほど綺麗ならば、同学年はもちろん、一年や三年、それよりもっと年上の男性からも引く手数多だろう。どうやって高嶺の花を手に入れたのか、さすがに星良も気になる。
「どうやったらと言われても、向こうから言われたんだけど」
「……は?」
 一瞬意味がわからず、一拍置いてから真顔で月也を見つめた。月也は苦笑を浮かべている。
「いや、だから、かおるさんから付き合ってって言ってきたんだけど」
「何で!?」
「何でって言われても、何でだろうね?」
 困った様に返されても、星良はわけがわからなかった。あんな綺麗で優秀な人が、自分をからかってばかりの月也を見染める意味がわからない。
「かおる先輩の前でどんだけ猫かぶってたの?」
 他に理由が思い当たらずたずねると、月也は再び苦笑を浮かべる。
「別にかぶってないよ」
「かぶってたじゃない。あたしといる時と、全然キャラ違ったけど」
 かおるといる時の月也は、星良の知る月也ではなかった。あれが、猫をかぶると言わずして、何と言うのか。
「星良さん以外の女子の前では、あんなものだけど」
「……それは、あたしが女子扱いじゃないと言いたいわけ?」
 星良が軽く睨むと、月也は柔らかに目を細める。
「どうだろうね? それより星良さん、あれ、いいの?」
 意味ありげに返答した月也が気になったが、いつのまにか自分の出場する種目が次々と決められていた事に気付かされた星良は、慌てて異議を唱えたのだった。


「そっか、星良ちゃん、そんなに出るんだ」
 体育祭の話し合いが早く終わったひかりが星良に会いにやってきたので、星良のクラスが終わってからひかりの部活が始まるまでの間、星良の教室で二人で話をしていた。
「いつの間にか、勝手に決められてた」
 何の種目かまで言うとクラスメイトに叱られるので種目は伏せて、不貞腐れている最中だ。
「星良ちゃん、運動神経いいから、みんな頼っちゃうんだよね」
「種目の数はいいんだけどさ、みんながやりたくない種目を、運動神経を理由に押し付けられた感じなんだよね」
「あー……、それはちょっと困るね」
 だいたい何の種目か察したのか、苦笑いを浮かべるひかり。どのクラスも、人気のない種目は同じようなものだ。
 ひかりとそれぞれのクラスでの種目決めがどんなものだったか話しながら、星良は少しほっとしていた。
 二人でこんな話をしている時は、別に胸は痛まない。ひかりは話しやすいし、話していた楽しい。
 太陽がかかわらなければ、一番落ち着く相手なのはかわりない。
 不安にさせないように、ひかりには誰かに悪意を持たれていると伝えていないが、何かあったら全力で守りたい相手だ。失いたくない、大事な友達だ。
 体育祭の話や、文化祭の話で盛り上がっていると、ふと、ひかりが時計を見た。
「あ、そろそろ時間?」
 帰宅部となった星良と違い、ひかりは部活の時間がある。
「まだもうちょっと大丈夫」
 微笑んだひかりだか、どこか落ち着きがない。何か言いたいのに、言いだせない感じだ。
 その表情に、瞳に、星良はきゅっと胸が痛くなった。心が警報を鳴らす。聞いてはいけないと、何かがうったえている。
「あの、ね、星良ちゃん」
 意を決したように、ひかりが口を開いた。
 とっさに逃げる口実が、星良は思い浮かばなかった。
「何?」
 平気な振りをして、口が勝手に答えている。
 ひかりは一度うつむき、それからおずおずと星良を見て言葉を続けた。
「星良ちゃんは朝宮くんに……幼馴染以上の感情はある?」
「――え?」
 ドクンと心臓が跳ねたのを、何故か必死に隠した。ひかりは、真剣な瞳で星良を見つめている。
「だから、その……、恋愛感情はあるのかなって」
「そんなの……」
 素直に『ある』と言ってしまえばいい。せっかく言うチャンスをくれたのだから、正直に話せばいい。
 それなのに、ひかりの真摯な瞳が太陽に恋していると告げているのに気付いたら、思った言葉はでてこなかった。
「そんなの、ないよ。大事だけど、兄弟みたいなものだし」
「ほんと?」
 不安そうに確認するひかりに、星良は気持ちとは裏腹に笑顔を返していた。
「ホントだよ。どうしたの、ひかり。急にそんな事聞いたりして」
 わかりきった事を、本当は聞きたくない事を、何故か笑顔で聞いている自分がおかしかった。
「あの……ね」
 色白の頬をほんのりと染め、長い睫毛を伏せて、愛らしい唇から発せられる躊躇いがちなひかりの告白を、本当は息が苦しい程胸が痛いのに、最後まで笑顔で聞き終えた自分の演技力に、星良は拍手を送りたいくらいだった。

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