「まったくさぁ、父さんったらやる気ないんだもん。ムカつく」
 翌日の昼休み。星良は唐揚げを口に放り込みながら憤懣やるかたない様子で眉を吊り上げている。そんな幼馴染に、太陽は微苦笑を浮かべる。
「仕方がないだろ。おじさん、担当の部署じゃないんだから」
「でも、同じ警察官じゃん!」
「いやいやいや。星良さん、仕事ってそう単純なものじゃないからね。人の仕事を勝手にやっちゃダメだから」
 子犬の虐待について何も動こうとしない父を擁護する二人に、星良は唇を尖らせ、手にしていた箸をダンっと机に置いた。
「じゃあ、犯人を放っておけっていうの? そんなの、許せない!!」
 星良も独自に犯人を探そうと試みたが、目撃者すら見つけることが出来ず、一向に手がかりがつかめていなかった。警察官である父に捜査の状況を尋ねても、真面目に捜査をしているのかも怪しそうだった。このままでは、犯人は野放しのままだ。
 太陽と月也はこそりと視線を合わせる。それから、星良に向かって二コリと笑みを向けた。
「まぁ、そんな卑劣な輩には天罰がくだると思うよ、星良さん」
「そうそう。天網恢恢疎にして漏らさず、だよ」
 犯人の追及をする気がないように見える二人に訝しげな眼差しをおくる星良。太陽は平和主義者だが、だからと言って動物を虐待するような輩を放っておける人間でもない。月也とて、平和主義かはおいておいて、犯人捜しをしないタイプにも思えない。
 何か怪しい気配を感じて星良は追求しようとしたが、黙って話を聞いていたひかりが先に口をひらいた。
「ひどいことをした人は許せないけど、天罰よりも、ちびちゃんが幸せになることを一番に願いたいよね」
 ひかりの言葉と笑みに、その場の空気までが和らぐ。犯人のことを考えて尖っていた星良の心も、徐々に元気を取り戻し始めた子犬の姿を思い出し、その傷に胸が痛みながらも、手を舐めてくれた温もりが蘇り、心も温まる。
 確かに、ひかりの言うとおりだと思った。犯人を捜し出して天誅を加えた所で、子犬が幸せになれなかったら嬉しくもなんともない。
「うん。そうだね。ひきとりたいって言ってくれる人も何人かいるみたいだし、いい人に貰われて、ちびの心の傷も癒されるといいな」
「星良ちゃんのそういう気持ちも、きっとちびちゃんの癒しになってるよ」
「だといいな」
 小さな笑みを浮かべ、星良は箸を持ち直すと再び弁当を食べ始めた。
 もぐもぐと、女子にしては大ぶりな弁当箱を空にしていく星良をほっとした様子で見つめる太陽と月也。犯人追及から話が逸れた事に安堵している二人に、ひかりは目を細めた。


 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、太陽はひかりと共に自分たちの教室に向かった。
 ランチバックを手にし隣を歩くひかりを、太陽はちらりと見る。それに気付いたのか、太陽を見上げたひかりと目があった。
「あのさ……」
 尋ねようとして、太陽は少しためらった。気のせいだとしたら、余計なことを言ってしまう事になる。
 言葉を止めた太陽をじっと見つめるひかり。ふと視線を外すと、前方を向く。
「朝宮くんと高城くんが星良ちゃんを守りたい気持ち、よくわかるな。すごぐ純粋で、真っ直ぐだもんね」
「久遠……さん?」
 少し意味ありげなひかりの様子に、太陽は戸惑いながら名を呼ぶ。ひかりは横目でちらりと太陽を見ると、くすっと笑った。
「高城くんがしそうなこと、だいたい察しがつくよ。幼馴染だし。あと、朝宮くんがそれをフォローするだろうなってことも想像がつく。ついでに、二人はそれを星良ちゃんに悟られたくないんだろうなってことも」
 星良が追及の気配を見せた時、話を犯人から子犬の方に誘導したひかりの行動に意図があったことはやはり気のせいではなかったのだと、太陽は密かに舌を巻いた。話の流れで全てを察し、自分たちのフォローをしてくれたのだ。いや、もしかすると昨日の時点で気づいていたのかもしれない。
 月也がデートと偽って犯人のもとに行ったことも、それを密かに追っていった自分のことも……。
「おみそれしました」
 太陽がぺこりと頭を下げると、ひかりは大きな黒い瞳を柔らかに目を細めた。その微笑に、太陽は無自覚に見惚れる。
 星良とは違った強さと優しさをもつひかり。快活で頭の回転が早く、話していても楽しい。一緒にいると、なんとなく落ち着く気がする。
「それで、無事解決したの?」
 黒髪をさらりと揺らし、小首を傾げるひかり。
 やはりかなりの所まで理解しているのだと、その鋭さに内心微苦笑を浮かべる。
「一応、無事解決なのかな?」
 昨日の様子だと、復讐してくることはおそらくないだろう。自分のプレッシャーの与え方よりも、月也の得体の知れぬ情報源の方が、彼らは恐ろしいに違いない。力を誇示する相手には会いさえしなければすむが、知るはずのない自分の秘密を知る相手は、たとえ離れていても不安が胸から離れないだろう。星良にはもう近付かないかもしれないが、その不安から逃れるために今度は月也を狙うのではと不安がないわけではない。
 だが、それすらも月也の狙いかもしれなかった。彼らの意識を星良から自分に向けさせるために……。
「一応でも、解決したならよかったのかな。星良ちゃんの傷も、早く癒されるといいね」
「あぁ」
 小さな不安を振り払い、ひかりに笑みを返す太陽。星良にいい友人ができてよかったと心から思う。
 友達はそれなりに多いが、特別親しい女友達はいなかった星良。太陽さえいればそれでいいと思っているような星良が、嬉しくもあり、気がかりでもあったが、こんな風に星良を思ってくれる友人ができてほっとする。
 中学の頃からひかりはいい子だと思っていたが、星良を大事にしてくれるひかりを見て、さらに好感が増した。
 そんな星良中心の自分の価値観を少しおかしく思いながら、太陽はひかりと共に教室に戻ったのだった。

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