最終的に、優勝したのは白組だった。星良たち女子に続き、月也たち男子もアドバンテージのおかげでなんとか勝利を手にしたが、上の学年が惨敗したため、学年優勝は果たしたものの、総合優勝は逃した形だ。
「俺らは優勝だったのになー」
 打ち上げの場であるお好み焼き屋で、鉄板で焼いたぶた玉を器用にひっくり返しながら、唇を尖らせた大下が呟いた。他のクラスメイトもウーロン茶をヤケ酒のように呷り、悔しげなため息を吐いた。
「せっかく文化祭のアドバンテージもらって気張っても、先輩たちがあれじゃなー」
「まーまー、そう言わない。先輩たちも頑張ってたんだし、群舞ではお世話になったでしょ」
「まーそうだけどさー」
 焼きあがったお好み焼きミックスを取り分けている月也のフォローに、納得のいかない様子のクラスメイト。お好み焼きを配り終えると、月也は鞄の中からビデオカメラを取り出した。
「ベストポジションからとった群舞の映像入ってるけど、見る?」
「見る! つか、他の組も入ってる!?」
「もちろん」
 キランと目を輝かせる大下+その他男子。そのやりとりを隣のテーブルで聞いていた星良は、何故他の組の映像にそんなにテンションがあがるのかと思っていたが、彼らの反応ですぐに理由がわかる。
「おー、やっぱ久遠さんかーわいいーな」
「やっぱかおる先輩もいいよなー。この、幸せ者がっ!」
 大下に小突かれ、唇の片端を軽く上げる月也。
 どうやら男子は、女子の群舞の映像で好みの女子を再確認したかったらしい。ビデオカメラの小さな画面は見にくいということで、月也が取り出したモバイルパソコンの画面に映し出し、盛り上がり始めた。
「しかし、このカメラワーク、これ撮った奴、わかってるなー」
「月也が撮ったんじゃないよな?」
「ん、後輩に撮ってもらった」
 焼きそばをつつきながら、撮ったのはおそらく樹だろうと察しがつく星良。それならば、太陽の映像もばっちり撮ってあるはず。後でコピーをもらおうとそっと心に決める。
「可愛い子、ちゃんとおさえてるよなー……って、うちの組は違うんかいっ!」
 画面に向かって一斉にツッコんだ男子の視線が自分に向けられたのに気づき、星良は半眼で彼らを見返した。
「何よ」
「いや、神崎の映像じゃ萌えないなっていう」
「知るかっ!」
 つまらなさそうな男子に一喝し、星良はウーロン茶を呷った。言われなくても、自分の踊りに可愛らしさがないのはわかっている。
「星良ちゃんの踊りのよさがわからないなんて、男子はダメねー」
 星良の向かいに座っていた笑美の援護に、大下がいやいやと手を横に振る。
「いや、上手いのはわかってるって。来年あたり、後輩女子から『神崎先輩ステキッ!』ってキャーキャー言われるだろうなーって想像つくくらいカッコいいけどさ、女子的うまさってより、男子的うまさじゃん。やっぱ、女子の群舞見るなら、綺麗な先輩とかうちのクラスでも他の女子とか見た方が楽しいかなーって」
「星良ちゃんが後輩女子に人気でそうって意見以外は、却下!」
 びしっと言い返した笑美の隣で、千歳がくすくすと笑う。
「確かに、年下女子にモテそうだなー、神崎さん」
「いや、女子にモテてもね」
 苦笑を浮かべた星良は、笑美の顔に嫌悪がちらりと浮かんだのを見て小首をかしげた。今の大下とのやり取りで、そんな表情を浮かべるとは思えない。
「どうしたの?」
 男子は再び映像で盛り上がり、こちらの会話は聞いていない。笑美はお皿に残っていたお好み焼きのかけらを箸で持ち上げながら、星良の背後を半眼で睨んだ。後のテーブルも星良たちのクラスメイトで、そこは男女入り混じって座っている。
「誰かさんが『うちのクラスでも他の女子が見たい』って聞いて、『当然私の事でしょ』って顔してたのに、イラっとした」
「あー、してたねー」
 千歳も同意しながら苦笑を浮かべる。
 星良は背後にいる人物を思い浮かべ、納得した。唯花のグループがいるはずで、彼女たちならそんな反応をしてもおかしくない。
「あんな男に媚びてる女の、どこがいいんだか」
 ぼそっと言ってお好み焼きを口の中に放り込む笑美に、同じ席にいた女子全員がうんうんと頷いた。あからさまに女子と男子で態度の違う唯花は、あまり快く思われていないらしい。星良もそれは同じだ。
「勝手にライバル視されてる久遠さんも災難だよね」
「そうなの?」
 千歳の発言に驚いて目を瞬くと、説明を笑美が引き継いだ。
「男子の間では、今のところ久遠さんが一番人気なんだけどさ、それが気にくわないらしくて、勝手に張り合ってんの。自分のこと棚に上げて、あの子は男に媚びてるとか言っちゃってるしさ」
「体育祭の時も言ってたね。久遠さん、女子から見ても綺麗で上手だったのに大したことないとか、棒倒しで怪我したのもわざとだ、とか。久遠さん、そんなキャラじゃないのにね」
 背後から男子とワントーン高い声で話している唯花の声が聞こえ、星良は呆れて半眼になった。ひかりに嫉妬したくなる気持ちはわかるが、そんな事を言ったところでむなしくなるだけではないだろうか。輝く相手の光を奪おうとしたところで、自分の闇が濃く見えるだけだ。
「それにしても、朝宮くん、かっこよかったよねー。お姫様抱っこ」
 ふと視線を落としていた星良は、他の女子の夢見心地な声にはっと我に返って顔を上げた。同じ鉄板を囲む女子たちは、まるで自分たちがお姫様抱っこされたかのようにキラキラとした眼差しで、宙を見つめている。
「朝宮くんにお姫様抱っこしてもらえるなら、私も怪我するっ」
「あたしもー!」
 妙な盛り上がりに、苦笑を浮かべる星良。と、一斉に視線が向けられ、びくっと肩を揺らす。
「な、何?」
「神崎さんもお姫様抱っこしてもらったことある?」
「朝宮くんと仲いいよね」
 羨望の眼差しを向けられ、星良は作り笑いを浮かべる。
「いや、お姫様抱っこはさすがにないよ。怪我すると、おんぶされるけど」
「えー、それでもいいなーー!」
 太陽のことでわいわいと盛り上がる席が急に居心地が悪くなり、星良はトイレに行くふりをして席をたつ。実際にトイレに行き、もう少し気持ちを切り替える時間がほしかったので、トイレを出たところでぼんやりと天井を見上げた。
 太陽がモテるのは昔からなので慣れているが、今は昔ほど平静でいられない。ひかりのことを持ち出されると、よけいだ。
 太陽がひかりを抱き上げた姿が、脳裏に焼き付いてはなれない。心臓が締め付けられるかのように、胸の奥が痛くなる。
 苦しげに眉根を寄せた時、ポケットの中の携帯電話が震えた。取り出すと、ひかりからのメールだった。怪我を心配してメールをしてあった返事だ。ひかりたちのクラスも打ち上げをしており、なかなか返事ができなかったようだ。
 怪我は軽いねん挫で、歩けないほどではないらしい。しばらく運動はやめた方がよさそうだが、それ以外は問題ないようで、星良はほっとして微笑んだ。
 ひかりを羨んではいるが、不幸になってほしいとは思えない。怪我の具合が軽くてよかったと心から思う。
「神崎って、お人よしよね」
 声がして顔をあげると、唯花が立っていた。嘲笑するように唇の片端をあげ、ひょいっと星良の携帯電話を覗き込んだ。予想外の行動に反応が遅れ、文章は読まれなかったが誰からのメールかはわかってしまったらしい。
「何よ」
「久遠さんが、違うクラスで他に接点もない神崎と仲良くするのなんて、朝宮くんの気をひきたいからに決まってるのに、なんでわからないのかしら? 利用してる女の心配してるなんて、ほんと、バカみたい」
 クスッとバカにしたように笑う唯花に、嫌悪感がこみ上げる。
「あんたと一緒にしないでくれる? ひかりはそんな子じゃない」
 怒鳴りたい気持ちを抑えて静かに言い返す。唯花は、憐れむ眼差しを星良に向けた。
「それがお人よしだって言ってるの。忠告してあげてるのに、なんで怒るかな? そのうち、朝宮くんと付き合うことになったって報告されてから気づくわよ。そうなったら、神崎のことなんて相手にしないだろうから」
「そんなことっ……ない」
 言い切るのに、星良は躊躇う間ができたことに自分で少し驚いた。それを見て、唯花が再びクスッと笑う。
「ほら、ちょっとは疑ってるんじゃない。結局、人間、みんな自分が一番可愛いの。欲しいものを手に入れるのに、人を利用するなんて普通のことよ。それが上手くできなくて羨ましいからって、僻まないでほしいわよね」
 後半は、先ほどの笑美たちの会話に対する嫌味だろう。どうやら、聞こえていたようだ。だが、唯花の言葉に同意はできない。
「そんな人ばかりじゃない。そんな風にしか思えないなんて、可愛そうだね」
 言い返した星良の言葉は、唯花の胸にかすりもしなかったようだ。唯花はふっと笑うと、星良の前を通り過ぎてトイレのドアに手をかけた。
「どっちが可愛そうか、そのうちわかるわよ」
 そう言って、ドアの中に消える唯花の背を、星良は苦虫を噛み潰したような顔で見送ったのだった。

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