太陽がひかりとデートする。
 それを聞いた瞬間から、澄んだ水に一滴の墨を落としたかのように、星良の心にゆっくりと薄暗い想いが広がっていった。だが、真っ黒に染まらなかったのは、月也のおかげだろう。太陽のとの事を悪い方にばかり考えそうになると、必ず何らかのアクションがあった。近くにいれば話しかけ、授業中ならメッセージを書いた紙を丸めた物が教師の隙をついて投げられ、離れていればメールや電話が来る。しかも、盗聴や盗撮でもされているのかと疑いたくなるような絶妙なタイミング。暗い谷底に引きずり込まれる前に、月也の温かい手が星良の冷たい手をとって明るい方へと導いてくれるようだった。
 そのおかげで、週末になるまで星良の心の平穏は比較的保たれていた。

「おはようございまーす」
 結局月也に押し切られ、一緒に出かけることになった土曜日。外で待ち合わせをせず、月也が神崎家まで向かえに来た。星良は駅で待ち合わせすればいいと言ったのだが、そこは月也が譲らなかった。後から気づいたが、たぶん、星良が一人でいる時に、万が一にでも太陽やひかりと会わないようにするためだ。
 そんな月也の気遣いを理解したからこそ、星良はおとなしく家で待っていたのだが……。
「あら、月也くん、おはよう。今日は素敵な格好して、どこにお出かけなの?」
 電話で外に呼び出してくれればいいのにインターフォンを鳴らしたものだから、星良より早く母が玄関に出てしまった。神崎道場に来る時は制服かもっとラフな格好の月也が、今日は淡いピンクのシャツにチャコールのニットパーカー、ベージュのチノパンに黒のブーツというキレイめな服装で現れたので不思議に思ったようだ。
 二階の自室にいた星良は慌てて階段を駆け下りたが、完全に出遅れた。
「今日は星良さんと遊園地デートです」
「あらあらあら。月也くんとデートなの。あらー、星良がデート」
「そう。デートです」
「デート言うなー!!」
 頬に手をあてて嬉しそうな声を上げている母の後ろから、『デート』を連呼している二人に大声で突っ込む星良。
 その声にゆっくりと振り返った母は、恥ずかしさからくる怒りで頬を染めている星良を見て、にんまりと笑んだ。
「あらでも、ちゃーんといつもより可愛い格好してるじゃない」
「んなっ……」
 母の指摘に、星良はさらに顔を赤らめた。
 確かに、普段はジャージやら可愛げの無い格好ばかりだが、今日は黒のショートパンツに黒のタイツ、黒×白のボーダーのVネックカットソー、上にはオーバーサイズ感のあるグレーのケーブル編みフード付きニットカーディガンを羽織っている。太陽とのデートの時よりはカジュアルでメークもしていないが、いつもよりは可愛いと言えなくも無い。
「べ、別にデートだからじゃなくて、行く場所に合わせただけだから!」
 今日は近所にでかけるわけではない。ちょっと遠出して超有名テーマパークに行くのだ。だから、普段着とは違うだけ。決して月也とデートするためにいつもより可愛く見える服を選んだわけでは無い。
 そんな気持ちを込めていい訳をしてみるが、母の楽しげな笑みは消える様子は無い。二人きりで楽しんできてねーと、月也に向かって微笑みかけて家の奥に消えていった。
 母に向かってにこやかにひらひらと手を振っている月也を軽く睨みながら、星良は黒のハイカットスニーカーを履く。
「もう、余計な事言うんだから」
 一緒に玄関を出てから星良が唇を尖らせながら言うと、月也はニコリと笑む。
「だって、事実でしょ?」
「事実じゃ無い。一緒に遊びに行くだけでしょ」
「男女が二人きりで遊びに行く。人はそれをデートと言うんだよ?」
「友達同士じゃ言わないもん」
 言い返してから月也の表情を見て、星良はしまったと思う。今日は眼鏡をかけていない月也の瞳が甘やかな光を帯び、口角がゆっくりと上がる。
「僕が恋愛感情として星良さんを好きなのを知ってて一緒にでかけるんだから、デートだよ」
「そ、それは……」
 改めてはっきり言われ口ごもる星良に、月也は悪戯な笑みを浮かべる。
「それに、キスしたんだからただの友達じゃないでしょ?」
「んなっ……」
 思い出してぼわっと顔だけではなく全身が真っ赤に染まる星良。
 そんな自分を楽しそうに見つめている月也を半眼で睨むと、再び口を尖らせる。
「……気にしないでいいって言ったのに。嘘つき」
 ぼそりと呟くと、月也は小さく肩をすくめる。
「嘘じゃ無いよ。でも、二人で遊びに行くときくらいは意識して欲しいと思うのは、好きだったら当然だと思うけど」
「…………」
 月也の言い分がわかるだけだけに、星良はこれ以上言い返すことを諦め、早まった鼓動を落ち着かせるべく深呼吸を繰り返した。
 それに、本当はわかっているのだ。
『デート』を連呼しているのは、自分に意識を向けさせて、太陽とひかりを思って星良が暗い気持ちにならないようにしていることを。それに、駅に向かう今の道のりも、もし太陽たちが駅で待ち合わせるとしたら使うだろう改札口を避けるために何気なく遠回りしていることもわかっている。
 月也の言動がすべて自分の為だと気づいている。
 だけど、それを素直に受け止めると嬉しさと申し訳なさがごちゃまぜになって、どうしたらいいのかわからなくなる。
 だからいつも通り、月也の言葉に噛みつくような反応をしてしまうのだ。
 月也がそれを受け止めてくれるとわかっていながら、甘えている。
「ついたら、まずは何から攻めようか?」
 星良が黙ってしまったので、話題を変える月也。声も表情からも甘やかな雰囲気は消え、いつも通りのただの友人の月也に戻っている。
 また気を使わせたなと思いながら、星良は気持ちを落ち着けて即答する。
「思いっきり叫べる系」
「好きだよねー、星良さん。絶叫系」
「だって楽しいもん。っていうか、月也も好きでしょ?」
 今回のテーマパークは月也と行くのは初めてだが、他の遊園地には行ったことがある。乗るときに、月也が嫌がった記憶は無い。
 星良の問いに、月也はニッと笑う。
「もちろん。星良さんとなら、日本一の絶叫マシーンがあるとこでも思いっきり楽しめるよね」
「あー! あそこ一度行ってみたい!」
 まだ行ったことがない憧れの遊園地に、星良は目を輝かせる。
 かなり遠出な上に、絶叫系好きじゃ無いと思い切り楽しめない気がして、まだチャレンジしたことは無いのだ。
 ちなみに、太陽は絶対に乗れないわけでは無いし、付き合って一度は乗ってくれる。だが、好きかと問われると嫌いでは無いと答えるタイプだ。絶叫系を満喫するのに付き合わせるのはためらわれる。
「じゃ、今度はそこに行こうか、二人で」
「うん!」
 あまりにさらりと誘われ、行ってみたさもあいまって深く考えずに即答する。
 月也はただ小さく笑んだだけだったが、一拍おいてからふと気づく星良。
 二人で、と言うからには、これはもしかして次のデートの約束になるのか?
 そう思うとなんだか照れてむず痒いような気持ちになるが、月也は別にからかうような雰囲気も、甘やかな眼差しもしていないので、大して意識をしていないようだ。
 星良はほっと息をつく。
 そして、今日行くテーマパークの話を月也としながら、改めて気づく。
 月也と自分の好きな物は似ている。
 食の好みも、遊びに行ってみたい場所も、そういえば見たい映画も同じだ。
 もちろん、正反対な部分もあることにはあるが、無理して相手に合わせなくても、相手に合わせてもらわなくてもいい。そんな存在。
 太陽とは違った意味で、隣にいるのが楽だ。
 自分よりも長い足で星良の歩調に合わせて歩く月也を見ながら、星良はふっと肩の力を抜く。
 こんなに自分を気遣ってくれる上に、同じ物を同じように楽しめる相手と出かけるのだ。
 余計な事は考えず、今日一日心から楽しもう。
 それが、月也に対する礼儀だ。
「じゃあ、最初に乗るのはー――」
 楽しく予定をたてながら、二人は夢あふれるテーマパークへ向かったのだった。
 

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