登校時、校門辺りで眠たげな月也と一緒になった太陽は、階段を上がったところで互いの教室に向かう為に左右に分かれていた。
 教室の少し手前で、朝練終りのひかりが逆側から歩いてくるのが見える。ひかりもすぐに太陽に気づき、目があった二人は照れくさそうにはにかんだ。
 互いの想いは伝え合ったが、付き合い始めたわけではない。星良との関係をきちんと考えて答えを出すまでは友達のままだ。学校でも今まで通りに振る舞おうということになっていた。
 ちょうどドアの前で一緒になり、挨拶を交わしてからドアをスライドする。と、教室内がざわめきに満ちた。
「お、おはよ。何?」
 あきらかに自分たちを見て過剰な反応をしているクラスメイトに驚きながら尋ねる太陽。ひかりも隣できょとんとしている。
「何って、お前……」
 教室の入り口付近にいたクラスメイトは、そこまで言うと深々とため息をついた。
 クラスメイトの反応は様々だ。
 暗い顔、泣き出しそうな顔、ニヤニヤしている顔、嬉しそうな顔……。
 じわり、と、二人に嫌な予感がこみ上げる。
 誰もが何か言いたげで、でも誰も言いださない中、もう我慢できないと言う様にひかりと仲の良い女子二人がひかりにかけよってきた。
「おめでとー、ひかり! 照れずにさっさと報告してくれればいいのにー」
 はしゃいだ声でまとわりつく友人に、ひかりは戸惑いながら、ちらりと太陽に視線を送る。たぶん、二人とも考えていることは同じだ。
「えっと……」
 もし予想が違っていたら墓穴を掘ることになると思うと何を言ったらいいのかわからず、ひかりが困ったように呟くと、友人二人は拗ねたように唇を尖らせた。
「もー、隠さなくたっていいでしょー」
「どうせもう皆にばれてるんだし」
「…………」
 太陽とひかりは無言で視線を合わせる。
 疑いが確信に変わりかけた時、ニヤニヤしながら近寄ってきたクラスメイトの高木が太陽の肩をがしっと抱いた。
「そうそう、しらばっくれても無駄だぞ、太陽。オレはしかとこの目で見た!!」
「何を……」
 言いかけた太陽は、目の前に差し出された携帯電話の画面を見て言葉を失った。ひかりも画面を見て、大きな瞳を更に大きく見開く。
 そこには見覚えはないが、身に覚えのある映像が流れていた。
 二人の男女がぎゅっと抱き合っているシーン。
 離れた場所から撮られているが、自分たちだとハッキリわかる。
 自分たちでは見られない姿を見せられ、二人は頬を赤らめたが、すぐに青ざめる。
「もしかしてそうなるかなーって思ってたけど、やっぱりなー。でもまぁ、太陽と久遠さんならお似合いだから仕方がな……」
「高木、それ、まさか他の人に送ったりしてないだろうな?」
 照れると思っていた太陽が固い声を出したので、少し驚いた顔になる高木。ぱちぱちと目を瞬いた後、恐る恐るというように口を開く。
「な、何人かには送ったけど……。あ、でも、絶対にネットには流すなって言ってあるし、校内の噂にはなるだろうけど、世間にさらされるようなことにはならないはずだから!!」
「…………」
 絶句した太陽を見て、高木にどんどん焦りの色が浮かぶ。
 別に嫌がらせをするつもりは全くなかったのだ。やたらモテるのに誰とも付き合う気配のなかったお似合いの二人のいい感じの現場を目撃し、ちょっとからかうつもりで撮影しただけ。真面目な二人がこれを見て照れる姿をからかいつつも祝福する。そんなつもりだった。他のクラスの友人にも送ったのは、映像つきで噂を広めれば二人に想いを寄せる人間もさっさと諦めると思ったからだ。自分から言いふらす二人ではないから、ちょっとした親切心のつもりですらあった。
 だが当の二人が照れたのは一瞬で、二人とも青ざめた顔をして硬直している。
 高木をはじめ、他のクラスメイトも二人の反応に戸惑いはじめていた。
「え、でも、付き合い始めたのは間違いないだろ? だって、真面目な太陽が好きでもない人にこんなことするわけないし、久遠さんだって……なぁ?」
 助けを求めるように、ひかりの両脇に佇む女子に同意を求める高木。彼女たちもためらいがちに、そうだよね、と同意する。
「ひかり、好きじゃなかったらはっきり断ってきたし……」
「幸せそうな顔、してるよね」
 遠目にも、微笑むひかりから幸せオーラが漂っているのはよくわかる映像だ。
 二人とも軽い気持ちで抱き合うタイプではない。映像を見る限り、恋人同士に見えるのは確かだ。クラスメイトが付き合い始めたと思っても仕方がない。

 だが……。

 不安そうに自分を見つめるクラスメイトに返す言葉を考える余裕はなく、太陽は星良のことしか頭になかった。
 もし、星良がこの映像を見てしまったら……。
 そう考えたらいてもたってもいられず、踵を返す。
 しかし、それと同時に予鈴がなり、目の前には担任の姿があった。
「なんだ朝宮、ホームルームはじまるぞ?」
 行く手を阻まれた太陽は、その場で立ち尽くす。
 今から行っても、星良のクラスもホームルームが始まる。そんな中、星良を呼び出したら知っていても知られていなくても騒ぎになるだろう。それは、いいことのように思えない。
 太陽はきゅっと眉間にシワを寄せると、教室の中に戻る。ひかりも泣き出しそうな顔で自分の席につくところだった。
 教室は微妙な空気につつまれ、クラスメイトは何が起きているのかと太陽とひかりをちらちらと見つめている。

 どうか、こんな形で星良に伝わりませんように。

 そう心から願いながらホームルームが終わるのを待つ。
 短いはずの朝のホームルームは、太陽には永遠かのように長く感じられた。



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