昼休み。最近は笑美と千歳と三人で食べることが多かったが、今日は珍しく星良を取り囲む人数が増えていた。教室の机を合わせ、それぞれお弁当や購買で買ってきたものを机の上に広げている。話題は当然のように、ひかりと太陽のことだ。
「お似合いと言えばお似合いなんだけどさー」
「でも、友達使って近づくとか、どうかと思うよね」
 今日の事に関して、星良は多くを語っていない。笑美と千歳には前の休み時間に最低限の説明はしたが、それだけだ。他のクラスメイトは星良が落ち込んで無口になってると思っているらしく、無理に色々聞いてくることもなかった。ただ、自分たちは星良の味方だというように、盛り上がっている。
「友達より男とるなんて、ありえないでしょ」
「でも男って、そういうの気づかないよね。可愛ければ騙されちゃうの」
「清純そうな顔してけっこう小悪魔だよね、久遠さんも」
 星良がカタリと箸を机に置いたのも気づかず、彼女たちのおしゃべりは止まらない。正義は自分たちのあると信じた顔で、ひかりを責め立てる。星良の眉間の皺が徐々に深くなっていることに気づいているのは、笑美と千歳だけだ。
「中学の時もさー、愛想ふりまくだけふりまいといて、告白されると困ったふりして断ってんの。そんなつもりなかったみたいな顔してさ。わかったくせに」
「絶対自分に自信があるタイプだよね。そんなことないよーとか言いながら」
「そうそう。いい人そうな顔してるけど、絶対裏表あるよね−」
「今回だって『神崎さんと友達になりたいの』って顔して、結局は朝宮くん狙いだったわけでしょ? さい……」
 『最低』という言葉を発し終える前に、星良がダンッと机を叩く音が教室に鳴り響いた。一緒に机を囲んでいたクラスメイトたちだけでなく、教室や前の廊下を通っていた者たちさえもビクリと体を震わすほどの音だった。
「か、神崎さん?」
 ようやく星良から漂うオーラが悲しみの色ではなく怒りの色だと気づき、おそるおそる声をかけるクラスメイト。星良は気持ちを鎮めるように深く長く息を吐いた。
「勝手な憶測で人の悪口言うの、やめてくれない? ご飯がまずくなるんだけど」
 胸に渦巻く感情を押し殺し、静かな声でそう告げた星良に、笑美と千歳以外の女子はムッとした顔になる。星良が声を荒げたわけではなく、自分たちの方が味方が多いからか、少し強気になったようだ。
「何、その言い方。神崎さんが裏切られたみたいだから、私たち……」
「人のせいにしないで。友達の悪口聞いてすっきりするほど落ちぶれてない」
「なっ……。せっかく同情してあげたのに」
「あたしをダシに、太陽を奪われた腹いせしたかっただけに聞こえたけど」
「っ……」
 返す言葉を失った彼女たちは、乱暴に立ち上がると自分たちの昼食を持って教室を出て行った。
 星良は小さな溜息をつくと、申し訳なさそうに笑美と千歳を見つめた。
「ごめんね、感じ悪くして」
 星良の謝罪に、笑美と千歳は笑顔を浮かべながら首をふった。
「ううん。星良ちゃんは悪くないよ。星良ちゃんが言わなかったら、私が言おうかと思ってた所」
「うん。神崎さんの言うとおり、憧れの朝宮くんをとられた腹いせにしか聞こえなかったもん。それを神崎さんの為みたいに言われたら、怒って当然だよ」
「ありがと」
 二人の言葉に、星良はホッとした笑みをこぼした。笑美と千歳は陰口を言わないので、一緒にいて心地がいい。
「文句があるなら、本人の前でハッキリ言えってのよ」
 クラスメイトが去って行ったドアを呆れ顔で見つめる笑美が、ひかりにハッキリと物申したと聞いたのを思い出し、星良は苦笑を浮かべた。裏表のない笑美が大好きだが、ひかりのダメージを思うと何とも言えない気持ちになる。
 星良ははじめは衝撃の事実からくる悲しみで我を失っていたものの、周りの盛り上がりを見聞きするうちに冷静になっていた。太陽やひかりに対するどうしようもない感情は抱えたままだが、周りはハッキリと見えるようになっていた。
 自分を取り巻くのは同情と哀れみと好奇の眼差し。大事な幼馴染みを可愛い友達に奪われて可哀想、というのが女子の主な反応だ。しかし、当然のように太陽の隣にいた星良をやっかんでいた人間も多いので、哀れみの中にざまあみろという感情も交じっている。
 でも、それはそれでかまわない。そんな風に思われて傷つくほど柔ではない。
 それに、ついきつい言い方をしてしまったが、クラスメイトの女子たちも性格が悪いとは思っていない。雰囲気に流されているだけだとわかっている。基本的には嫌いではないし、良いところもたくさんあると知っている。
 問題は、ひかりの方だ。もともと同性にも好かれているが、誰とも付き合う気配を見せなかった太陽に抱きしめられている映像が、女子たちの嫉妬心に火をつけたようだ。ひかりのいいところを素直に認めていたはずが、嫉妬フィルターを通すことで全てが裏返る。友達を泣かせてまで男をとったということが、ひかりを責め立てることの大義名分になり、陰口に拍車をかけているように見えた。
 ひかりは大丈夫だろうか?
 そう思うのに、太陽のことを考えるとひかりのもとにいけない自分がいる。
「神崎さんはすごいね」
 沈みかけた星良に、千歳の澄んだ声が向けられる。
「何が?」
 小首を傾げた星良に、千歳は柔らかく笑んだ。
「さっき、久遠さんのこと『友達』ってためらいもなく言ったでしょ。距離を置きたいって本人に告げるほど辛いはずなのに、久遠さんを守るためにはするっとその言葉がでるってすごいよ」
 真っ直ぐな千歳の眼差しが痛くて、星良はうつむいた。
「そんなこと、ないよ。言っただけで、何も行動してないもん」
 自分も原因の一部となってひかりを困らせているのに、何もしていない。行動を伴わなければ、意味がない。
「そんなことあるある!」
 うつむいた星良の背を、笑美が明るい声とともに力強い手でぱんっと叩いた。 
「星良ちゃんは、そういう所だけ真面目すぎ! 授業態度と同じくらい、もっと緩くていいんだよ。今はまだ、思うだけでも十分すごいの。これから少しずつ、思ったことを行動に移していけばいい。ね!」
 顔を上げた星良をのぞき込むように笑顔を向ける笑美。星良も、つられたように笑む。
「ありがとう。何気なく授業態度も注意されたけど」
「ふふ。だって星良ちゃん、五割の確率で授業で当てられたところわからないんだもん」
「……先生の話って、いい子守歌なんだよね」
「遠い目をしてごまかさない。テストで苦労するのは神崎さんだよ?」
「二人とも、厳しいなぁー」
 苦笑を浮かべながらも、星良は安心して話せるクラスメイトが二人もできたことが嬉しかった。
 ひかりにも、ちゃんといるだろうか……?
 いたらいいな、と願いつつ、ありふれた日常会話に花を咲かせる。
 こんな時間が自分を癒やし、少しでも早くひかりとの溝を埋められるように祈りながら……。

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