同日の午後には、星良はひかりの部屋にいた。もう何度か訪れている、可愛過ぎない、シンプルで落ち着きのある部屋だ。オーク材の家具でまとめられていて、温かみがある。
 ひかりは、星良が手土産に持ってきたケーキと、淹れたてのアイスティーを丸テーブルに置くと、星良と向かいあうように腰をおろした。
「なんだか気をつかわせちゃって、ごめんね」
 普段はなかなか手をだせないちょっと高めのケーキを見て、ひかりは申し訳なさそうにそう言った。
「ううん、気にしないで。浴衣を借りたお礼と、昨日恐い思いをさせちゃったお詫びだし……って理由をつけて、前から食べてみたいの買っただけだから」
「ありがとう」
 微笑むひかりを前に、星良は少々後ろめたかった。
 本当は、その後ろめたさもあったから、お高いケーキになったのだ。
 フルーツたっぷりのタルトは、食べると幸せ感もたっぷりだった。しばらくは、ケーキの美味しさで盛り上がった。
「昨日はほんと、ごめんね」
 ケーキを食べ終えると、星良は改めて謝った。ひかりは飲んでいたアイスティーのグラスを置き、髪をサラサラとゆらして首を振った。
「そんなに気にしないで。三人のかっこいい所がみられたし、なかなか貴重な体験だったから」
 快活な笑顔は、ひかりが本当にそう思っていると物語っていた。
「三人ともすごく強くてかっこいいから、まるで映画のヒロインになった気分だったよ」
 冗談めかしに笑うひかりが自分を気遣っている事がわかり、星良もつられて微笑んだ。
「ひかりなら、ヒロイン似合うなぁ。守りがいがある」
「守られるだけなのは、嫌なんだけどね」
「タンカを切ったひかりも、カッコよかったよ」
 ひかりは照れたのか、はにかみながら頬をかいた。
「弱いくせにちょっと無謀だったかなって、ちょっとは反省してる」
「ちょっとなんだ」
 星良の突っ込みに、ひかりは真顔で頷く。
「うん、ちょっと。だって、相手の人達はもちろん頭にきたけど、朝宮くんも高城くんも、守られる側の気持ちわかってなかったもん」
 華奢でいかにも女の子らしいひかりだが、そこは譲れないらしい。守られるだけでは嫌だと言う、ひかりのそんな所が好きだと、星良は目を細めた。
 星良はアイスティーと氷の入ったグラスをまわし、カラカラと音をたてた。そして、一口、口に含む。喉を潤すと、意を決したようにひかりに視線を戻した。
「ひかりはさ……初恋って、いつ? どんな人?」
「え?」
 予想外の話しに驚いた様子を見せたひかりに、星良は慌てて手を振った。
「あ、いや、ちょっと気になっただけ。ひかりみたいに、何でもできて可愛い女子って、いつどんな初恋だったのかなーって」
「別に、そんな出来た人間じゃないよ」
 困ったような笑みを浮かべつつも、ひかりは自分の過去に想いを馳せている瞳になった。遠くを見つめるような眼差しは、すぐにぱちぱちと瞬きを繰り返す、少々挙動不審な状態に変わる。
「話したくなかったら、別にいいよ?」
 ひょっとして苦い思い出だったのかと申し出た星良に、ひかりは苦笑いを返す。
「あーうん。えーと……」
 何だか言いにくそうに、視線がきょろきょろと動く。落ち着きのあるひかりにしては珍しい反応だ。
 星良が少し待っていると、ひかりは心を決めたように星良を真っ直ぐに見つめた。
「あのね、小学校の時だったんだけど……」
「うん」
「絶対に本人には言わないでね」
「……うん」
 やっぱり高校生で初恋に気づくのは遅いんだと思っていた星良は、ひかりの言葉に微妙に嫌な予感がする。ひかりが小学校の時からの付き合いで、星良が本人に言いかねないような間柄と言えば、一人しか思いつかない。
 まさかと思いながら、ひかりの言葉を待つ。ひかりは冷房のよくきいた部屋で、頬をバラ色に染めながら、小さな声で呟いた。
「高城くんなの」
「なんでっ!?」
 思わず叫んだ星良に、ひかりは苦笑する。
「だから、昔から高城くんは女子に人気があるんだってば」
「えーーー」
 納得がいかない星良だったが、それよりも気になる事があった。おずおずと、口を開く。
「まさか……今でも好きだったりしないよね?」
「ううん。友達としては好きだけど、恋としては失恋してすっぱりと諦めたよ」
「っ!?」
 驚きのあまり、ずさっと身を引いた星良に、ひかりはさらに困ったような笑みになる。
「そんなに驚かなくても。小学生の初恋だよ? それに、告白もしてないし」
「あ、そっか」
 本人に言わないでという事は、月也はひかりの気持ちを知らないと言う事だ。
 月也がひかりを振るなどなんて贅沢だと思ったが、そういう訳ではないらしいとわかり、星良は落ち着いて座りなおした。
 それを見て、ひかりはくすっと笑うと、話を続けた。
「高城くん、運動神経いいし、頭いいし、話しも面白かったから、人気があったの。小学校の時って、運動神経いいとか、面白い子とかがもてるでしょ? ふざける事も多いけど、ちゃんとする所はちゃんとしてたから、それもよかったのかな。あと、みんなの誕生日覚えてて必ずお祝いの言葉くれたり、体調の悪い人に直ぐ気付いたり、とにかく、男女問わず友達多くて、いつもクラスの中心にいたんだよ」
「やっぱり、あたしの知ってる月也と違う……」
「同じなんだけどなぁ」
 星良の呟きに苦笑いを浮かべつつ、ひかりは過去を思いかえしてか、優しい瞳になる。
「それでね、私はそんな高城くんと学級委員やったりして、一緒に色々仕事しているうちに、好きになっちゃったの。でも、ライバルが多かったし、気持ちを伝えて、ぎくしゃくするのが怖くて告白なんてできなかった」
「へぇ……」
 星良は相槌をうちながら、どきりとした。
 気持ちを伝えた後、ぎくしゃくするという発想がなかったのだ。太陽が自分の恋愛感情に気づいたら、自分と太陽もそうなったりするのだろうかと不安になる。
 ひかりはそんな星良に気づかず、話しを進めた。
「で、ただそっと片想いしている間に、高城くんに告白した子が現れたのね。結果、その子は振られちゃったんだけど、その理由が、他の学校に好きな人がいるって事だったの。つまり、同じ学校にいる私も失恋したってわけ」
「そっかぁ。でも、それって断る口実だった可能せいもあるんじゃない?」
 星良の素朴な疑問に、ひかりは首を振った。そして、目を細める。
「本当だと思う。高城くんが好きな人の話しをしてたのを一度聞いた事があるけど、凄く優しい目をしてた。同じ学校で、高城くんがそんな表情浮かべて見つめる女子なんていなかったもん。そんな顔見たら、諦めるしかないなって思った」
「そっかぁ」
 自分の恋心を諦められるほど、誰かを思う優しい瞳とはどんなものなのか、ちょっと見てみたいと思った。月也のそんな顔は、星良にはとても想像ができなかったのだ。
 太陽がひかりを見つめる眼差しと、同じようなものなのだろうか……。
 そう思うと、ちくんと胸が痛んだ。
「星良ちゃんは?」
「え?」
 話しを自分に振られ、星良は驚いた声を返す。
「星良ちゃんの初恋はいつ? どんな人?」
 星良とそんな話しが出来るのが楽しいと言うように、期待を込めた眼差しのひかり。
 星良は、内心冷や汗をかく。
 本当は、ひかりの初恋話の流れから、一般論として親しい間柄で恋に目覚めた時にどうしたらいいのか、一般論として聞くつもりだったのだ。
 自分の気持ちを隠して聞くのはずるいと思っていたからの高級ケーキだったりもしたのだが、ひかりの初恋がまさかの月也で、親しい間柄の恋。しかも、告白前に失恋して終わっているという話しでは、これ以上聞きづらい。
 さらに、ひかりがここまでぶっちゃけて話してくれたのに、自分だけ嘘をつくのは忍びない……。
「いや、それが……」
 真実を話すか、誤魔化すか、一瞬のうちに色々考えがめぐる……。
「恥ずかしながら、初恋もまだなんだよね」
「そうなんだぁ」
 少し驚いたようだが、ひかりはそれ以上深く聞こうとはしなかった。
 そのまま他の話題に変わったのだが、星良の心はちくちくと痛んだ。
 自分の気持ちを隠すと言うより、これでは嘘をついたことになるからだ。
 だが、正直に言う事もできなかった。
 言う方が、卑怯だと思ったのだ。
 自分が太陽を好きだと言えば、ひかりはきっと応援してくれるだろう。
 ひかりが、相手が他の誰かを好きでも自分の想いをとおすような性格なら、言うのもありかもしれない。だけど今、そうではないと聞いてしまった。恋している瞳の月也を見て、諦めたと知ったばかりだ。ひかりが身をひくタイプだと知ってしまった。
 その状況で言うのは、私が太陽を好きなんだから、ひかりはとらないでねと警告しているようなものだ。
 それはずるい。ひかりに対しても、太陽に対しても、ずるい。
 もしかしたら芽生えているかもしれない淡い恋を、踏みにじるような行為はしたくない。
 そうじゃなく、正々堂々と太陽の隣にいつまでもいられる存在でいたい。
 相手を蹴落とすのではなく、自分を今より高める形で選ばれたい。
 そんな自分の想いを胸に秘めつつ、星良はひかりと他愛ない会話を楽しんだ。
 ひかりも太陽も失わず、このまま楽しい関係が続くように願いながら……。


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