「高城くん、退院できてよかったね」
嬉しさを顔中に広げたような笑みを浮かべてそう言ったのはひかり。
「犯人も、無事捕まったしな」
ホッとしたように微笑んだのは太陽。
だが、二人に左右から見つめられた星良は、微妙に顔をしかめていた。
「……うん、そうだね」
 ぼそっと心のこもらない相づちをうった星良を見て、ひかりと太陽は目を合わせると苦笑を浮かべた。

 月也が襲われてから十日、月也は無事退院した。登校は明日からする予定だ。
 犯人たちは一部逃げていた者も含め全員逮捕された。月也を襲ったグループは詐欺も行っており、今はそちらの捜査もされている。それに関連して、星良のクラスメイトの唯花が補導されたのが昨夜。未成年のため、情報公開はされていないはずだが、人の口には戸がたてられない。どこから漏れたのか、学校では今朝からその話で持ちきりだった。
 月也は完治していないものの、後遺症もなく、順調に回復している。犯人も全員逮捕。それ相応の処罰をうけるだろう。
 喜んでいいはずなのだが、星良の心はも靄がかかったようにスッキリとしていなかった。

「星良さん、そこは嘘でも笑顔を浮かべるところでしょ」
自室のベッドの上から苦笑を浮かべて突っ込んだのは月也。
退院した月也の自宅に三人で見舞いに来ているのだ。
「だって……」
今の気持ちをうまく表現できず、星良は唇を尖らせた。
月也が無事だったのは嬉しい。嬉しいが……。
「入院中はずっと付き添ってくれて、目が覚めたときは泣いて喜んでくれて愛を感じたのにっ!」
「なっ……!? か、勝手に感じないでよっ! と、友達として心配しただけだからねっ!」
 顔に両手を当ててさめざめと泣くふりをする月也に、僅かに顔を赤らめながら否定する星良。月也が両手を顔に当てたままクスクス笑っているのを見て、唇を尖らせる。
「人がどれだけ心配したと思ってんのよ……」
「はい。ごめんなさい」
 謝りながらも幸せそうな笑みを浮かべている月也に、星良は嘆息し、ひかりと太陽は微笑んだ。
 集団で暴行されてトラウマが残りそうなものなのに、星良に心底心配されたのが相当嬉しかったらしい。目が覚めてからの月也は、上機嫌だった。
 反対に、星良の機嫌は悪い。
「星良さん、犯人逮捕に関われなかったからって、そんなにすねなくても」
「すねてないっ」
 言い返したものの、機嫌が悪い理由は当たってた。結局、自分が何か行動を起こす前に、犯人は警察によって逮捕されてしまった。当然の事なので文句は言えないが、悔しさがずっと胸に残っている。
 どんなに強くなろうが、所詮、自分はただの高校生。捜査に加わることは当然できない。誰かを守るときならともかく、復讐で相手を倒すのはただの暴力だ。自分の中で正当な理由があったとしても、許される行為ではない。
 無力感や、歯がゆさが、星良から笑顔を奪っていた。
「犯人もちゃんと処罰を受けるんだから、よしとしません? 奴らが詐欺罪でも裁かれるきっかけになったわけだし」
 機嫌を伺うように月也に尋ねられ、星良は小さく息を吐いた。
「うん。そう……だよね」
 落ち込んだところで、何もできないのは変わらない。今度は、何かが起きる前に止めることを心がけるしかない。
「それにしても……水多さんまで捕まっちゃうなんて、びっくりしたね」
 詐欺罪という言葉から連想したのか、ひかりが憂い顔で話題を変えた。
 ぴくっと表情筋が不自然に動きそうだった太陽に対し、月也は顔色一つ変えずにその話題にのる。
「誰と付き合おうが勝手だけど、犯罪に手を貸したら同情の余地はないよね。このタイミングで奴らと付き合ってたなんて、運にも見放されたんじゃない?」
 実際は、唯花と関係を持ったが故に彼らが捕まったので、運に見放されたのは彼らの方かもしれない。
 だが、その事実は星良やひかりには内緒だ。
「ほんと、何やってんだか……」
 呆れたように呟きながらも、クラスメイトの補導は星良も少なからずショックを受けていた。好きな相手ではないが、ざまあみろと思えるほど嫌いなわけでもない。男に媚びているように見える唯花を毛嫌いせずに向き合っていたら、道を間違える前に気づけてあげたのではと、少し後悔する。
「大丈夫かな、水多さん……」
「学校、どうなるんだろうね。辞めさせられちゃうのかな……」
 自分たちに決して好意的ではなかった唯花を心配するひかりと星良を、男子二人は優しく見守る。
 こんな二人だから、唯花がした卑劣な行為を知らせたくなかった。
 他人からの悪意より、知り合いからの悪意の方が胸に痛い。
 その痛みを憎しみや嫌悪に変え、胸に抱くのも辛い。
 それならばいっそ、知らぬままの方がいい。
 それが月也の考え。太陽もそれに同意した。
 彼女は、もうひかりや星良に何かすることはできないだろうし、させるつもりはない。彼女が自由の身になった後の動向も、月也はきちんと探るつもりでいた。
「これからどうなるのかわからないけど、彼女が心から罪を償うことを願おう。それに、彼女がもし助けを求めて手を伸ばしてきたら、受け止めて支えてあげればいいんじゃないかな」
 太陽の温かな声に、しゅんとしていたひかりと星良はこくりと頷いた。自分たちにできるのは、きっとそれくらいだ。目に入る全ての人を救えるほどの力などない。
「もっと、強くなりたいな……」
「世界征服でもするおつもりで?」
「ちっがーう!」
 真面目な呟きへの月也のつっこみに、星良は唇を尖らせた。
「そうじゃなくて、せめて自分の傍にいる人くらい、傷つけずに守れるようになりたいって……」
 言いながら恥ずかしくなって語尾が弱くなるが、そんな星良の手を、ひかりがきゅっと握った。
「今でも、ちゃんと守ってくれてるよ。それに、星良ちゃんがそう思うように、星良ちゃんの周りにいる人は星良ちゃんのこと守りたいって思ってる。だから、一人で頑張らなくていいんだよ」
「ひかり……」
 可愛い笑顔と共にそう言われ、女子相手にきゅんとする星良。思わずがばっとハグする。
「いいなー。僕もしてほしいなー」
「そういうことを口にするから、してもらえないんだろ?」
 ふざける月也に、冷静につっこむ太陽。ひかりを抱きしめつつ、星良もひかりもくすっと笑う。
 星良が微笑んだのを見たところで、太陽が立ち上がった。
「久遠さん、そろそろ送ってくよ」
 ひかりの部活が終わるのを待ってから来たので、日はとっくに暮れている。
「あ、じゃあ、あたしも……」
「星良は月也の夕飯につきあってあげなよ。ひとりじゃ大変だろうし」
 太陽に笑顔でそう言われると、断る理由が見つけられない。
 月也の兄は自分の家に帰っていったし、ご両親は仕事で遅くまで帰らないと聞いている。差し入れに夕飯を買ってきているが、四人で食べるほどの量はない。かといって、怪我人一人で食べさせるのも可哀想だ。ひかりだってまだ心の傷が癒えていない中、月也にいつまでも付き合わせるのも気が引けるし、彼氏が彼女を送っていくところを邪魔するのもどうかと思う。
「……うん、わかった」
 太陽と月也の笑顔に、なんだかはめられたような気がしなくもないが、別に傷ついたりはしなかった。
 月也の事件で気が動転している間に、太陽への失恋の傷がどこかにいってしまったような気もする。太陽が、自分が月也の傍にいるようにしむけていたとしても、哀しい気持ちにはならなかった。
 玄関まで二人を見送ってから、星良は隣に立つ月也をちらりと見上げる。
 片足を骨折しているので、松葉杖をつき、頭部を切り、腕や身体の打撲もひどいので、あちこちに包帯を巻いている。内臓の損傷がなかったのが奇跡的なほどボロボロだ。
 星良に見つめられているのに気づいたのか、星良を見て、月也が目を三日月型に細めて微笑む。

 月也が隣で笑ってくれている。

 当たり前のように感じていたその事実が、今はすごく幸せだと感じた。

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