目の前には、ふつふつと音をたてて食欲を誘う香りを漂わせるチーズ。そこに、フォークに刺したウィンナーを入れ、アツアツのチーズをたっぷりまとわせてから口に運ぶと、星良は満面の笑みを浮かべた。
「美味しいって幸せ」
 心から漏れたその呟きに、ひかりと太陽はくすっと笑い、月也は柔らかに目を細めた。

 今日はクリスマスイヴ。無事に期末テストを乗り切った星良は、心おきなくクリスマスパーティーに参加することができていた。

「テスト頑張って良かったでしょ、星良さん」
「うん。ひかりも太陽もありがとね!」
「僕はっ!?」
 星良と月也のやり取りに、太陽とひかりは楽しそうに笑った。

 今日は昼前に集合し、皆で買い物をしてから今日は誰もいないという月也の家でクリスマスパーティーの準備をした。広いキッチンで中心となったのはひかりで、三人はその手伝い。チーズフォンデュにアボカドとエビのサラダ、スモークサーモンと野菜のマリネ、メインはローストチキン。デザートはケーキの他にチョコフォンデュも用意してある。全て手作りで、ケーキはひかりが作ったものを持ってきてくれていた。
「ひかりをお嫁さんにほしい」
 どれを食べても美味しくて、思わず真顔でつぶやく星良。
「ありがと、星良ちゃん。いっぱい食べてね」
ひかりは嬉しそうに星良を見つめ、自分も一口マリネを頬張った。
「そこで、レシピ教えて! ってならないのが星良さんだよね」
チーズの海にジャガイモを泳がせながら、呟く月也。星良は角切りにしたバゲットをフォークに刺しながら、ふて腐れたように月也を睨む。
「悪い?」
「悪いなんて言ってないよ?」
 月也はメガネの奥の瞳を三日月形に細めると、視線を星良からひかりに移した。チーズから脱出させたジャガイモをフーフーしながら満面の笑みを浮かべる。
「久遠、後で僕にレシピ教えて。星良さん、こういう料理出来る人と結婚したいみたいだから」
「……っ!?」
 月也の言葉の意味を理解した星良は、思わず手にしていたフォークをチーズの海に沈めてしまった。赤くなって固まっている星良の代わりに、太陽が自分のフォークで星良のフォークをそっと救い出そうとしている。
「そ、そんなの教えなくていいからね! ひかり!」
数秒後に我に返った星良は、隣に座るひかりに向き直った。
「えーっと、うん」
「ほら、ひかりも困ってるし! 変なこと言わないでよ、月也!」
照れを隠すように声が大きくなった星良は、微苦笑を浮かべたひかりの肩に手をかけた。
むぐむぐとジャガイモチーズを咀嚼していた月也は、それを飲み込むとニヤリと笑む。
「僕が星良さんを好きなことは変なことじゃないでしょ? 自分の気持ちに素直なことも」
「っ……そ、それは」
 人の好意を否定することはできない。それは深く傷つけてしまうことだと学習している。
 だがこうも堂々と宣言されるとどうしていいのかわからず、星良は助けを求めるようにひかりを見つめた。が、ひかりは困ったようにぱちぱちと大きな瞳を瞬いている。
「いや、星良さん。そこで久遠に助けを求めてもダメでしょ。失恋させた張本人にさせるフォローにしてはハードルが高いよ」
 笑顔での月也の発言に、今度は自分のフォークをチーズの海に沈めてしまう太陽。ひかりはさらに瞬きが増えている。
 確かに、星良と月也のやりとりを微笑ましく見つめるだけならともかく、星良の恋愛に関わる意見を求められたら答えにくい立場だろう。
「月也……大怪我してから直球すぎ」
 苦笑を浮かべる太陽に、月也は唇の片端をあげながら太陽のフォークを救い出す。
「変化球なげてわかってもらえないより、直球で伝える方が悔いがないでしょ?」
「それはそうだけどさ」
 救い出されたチーズまみれのフォークをティッシュを手に受け取りつつ、星良とひかりの様子を見る太陽。星良は赤い顔で月也を軽く睨んでおり、ひかりは窺うように星良を見つめている。それに気づいたのか、星良はもごもごと口を動かした。
「その、失恋とかもう全然平気だから、気にしないで」
「……うん」
 少しためらってから頷くひかり。本当はまだ気にしているのだろうとわかる。
 余計な事を言わなくてよかったのにと再び月也を睨もうとしたが、その前に月也が明るく口を開いた。
「それじゃ、堂々と僕を応援してね! 二人とも!」
「なんでそうなるのよっ!」
 即座にツッコむ星良だが、微笑む月也の瞳の優しさに怒る気は失せてしまう。それよりも、自分の心臓の音がうるさいことの方が嫌だった。誤魔化すようにローストチキンにかぶりつく星良。そんな星良を見て、ひかりと太陽は一瞬目を合わせてから小さく微笑んだのだった。



 料理だけで満腹になった四人は、後片付けをすると、デザート分のお腹が空くまで月也宅でのんびり過ごす事にした。最初は身体を動かす系のテレビゲームで盛り上がったが、それに飽きると男子二人は庭で凛と遊びだし、女子二人は部屋の中からそれを眺めながらおしゃべりを始めた。
 白い息を吐きながら柴犬の凛とじゃれている太陽と月也。ひかりの視線は自然と太陽を追っていたが、それに気づいても星良の胸はもう痛まなかった。それよりも、無意識のうちに月也を見つめている自分に戸惑いを隠せない。
「星良ちゃん?」
 段々と口数が減り、抱えた膝に顔をうずめてしまった星良を気遣うようにひかりが呼んだ。星良は少しだけ顔を上げ、ひかりを見つめた。
「どうしたの?」
 穏やかな声と瞳に、星良はおずおずと口を開く。
「……変……かな?」
「何が?」
 柔らかな問いに、星良はそっと目を閉じて素直な気持ちを言葉にする。
「ひかりを傷つけてでも太陽が好きだって思ってたのに……、その想い以上のものなんて見つけられないって思ってたのに…………」
「……高城くんが気になっちゃう?」
 恥ずかしくて続けられなかった言葉をひかりが引き受けてくれたので、星良はこくりと頷いた。月也にはまだ絶対に言いたくないが、ひかりになら話せる。聞いてもらえれば自分も楽になるし、ひかりもきっとまだ残っているであろう罪悪感が薄れるかもしれない。
「何年か経ってからならともかく、こんなすぐに他の人が気になるとか、どうなんだろ……。これって、月也の洗脳?」
 星良が眉をひそめて呟いたので、ひかりは思わずくすっと笑った。
「確かに、あんなに堂々と言われ続けたら気にならないわけがないと思うけど……」
 ひかりは一度言葉を切り、庭で遊ぶ二人と一匹を見つめた。
「でも『すぐ』じゃないと思うよ。高城くん、星良ちゃんに出会ってからずっと一番大事に想ってたと思う。ふざけてても、他の人と付き合ってても、星良ちゃんは高城くんにとって特別だった。その想いが、本当は少しずつ星良ちゃんに届いてたんじゃないかな?」
 からかって怒らせたりしていたが、月也が自分のことを大事にしてくれていたのは、今ならわかる。当り前のように傍にいてくれた年月がなければ、確かにこんなにすぐに気になったりはしなかっただろう。
「あたしって意外に軽いってわけじゃないかな……」
「そんな心配してたの? 好きになるのに時間は関係ないし、重いも軽いもないんじゃないかな」
「うん……って、別にまだ好きってわけじゃないけどっ!!」
 慌てて否定するが、ふふっと微笑むひかりは信じてくれたか怪しい。
「高城くんも、すごくいい人だよね」
「……うん」
それももうわかっている。一般的に見ても色んな意味でいい男だし、自分をこんなにも大事に思ってくれる人はもう現れないんじゃないかとも思う。
「でも……ずるくないかな」
「?」
「……太陽に振られたからって、月也に逃げたみたいで」
キョトンとしたひかりは、数度瞬きをした後、凛に顔を舐められて笑っている月也を見つめた。それから、星良に微笑みを向ける。
「ずるいとは思わないんじゃないかな。むしろ頼られて喜ぶと思うよ」
「……そう、かな」
「そうだよ」
自信を持って答えるひかりは、星良より月也との付き合いが長い。月也の事を素直な目で見てわかっていると思う。
「全部わかってて、気持ちを伝えてるんだもん。嬉しいとしか思わないよ、きっと」
「……うん」
 心臓がドクドクと脈をうち、顔が耳まで赤くなる。太陽を好きだと自覚したときとは少し違う胸のうずき。これが新たな恋だとはまだ認められないが、月也に対する意識が今までとは違っているのは間違いない。
 ひかりは嬉しそうに微笑みながら星良を見ていたが、星良が見つめ返すとハッとしたようにぱたぱたと手を振った。
「えと、星良ちゃんと女子トークできて嬉しいなって思ってただけだよ」
「…………」
 慌てたようなひかりをキョトンと見つめ、ややして星良は気づく。
「大丈夫だよ。ひかりが『太陽以外を好きになってくれて安心した』なんて考えてるなんて思わないよ」
 笑って答えると、ひかりはホッとしたような申し訳ないような微苦笑を浮かべた。
「うん」
 短く答えるひかり。大丈夫と言われても、友人の好きな人を奪ってしまったという気まずさは消えないのだろう。太陽のことが好きなのは変わらないが、月也のおかげで痛みは消えた。もう、乗り越えられたと思う。どう伝えたらいいかな……と、考えて、星良はふと気づいた。
「それに、おあいこだったみたいだし」
「?」
 さらりと髪を揺らして小首を傾げたひかりに、星良はニッと笑顔を向けた。
「ひかりの初恋は月也で、あたしの初恋は太陽。でも、好きになった時、太陽はひかりを好きで、月也はあたしを好きだった。お互い初恋の失恋の原因だったから、おあいこでしょ?」
 ひかりは大きな瞳を一瞬見開いた後、顔に笑みを広げた。
「ホントだね」
「おあいこだから、気にするの無しね」
「うん」
 ひかりと見つめ合い、微笑み合う。
 傷つけ合っても、またわかり合えて笑いあえる友達。
 そんな友人に出会えたことが、一緒に笑い合えるクリスマスを過ごせることが嬉しかった。


 

 デザートを食べ、日が暮れた後は、四人で夜景を見に出かけた。
 自然と、太陽とひかりが並び、その後ろに月也と星良が並んで歩いていた。街を彩るイルミネーションは人で溢れていて、隣を歩く月也との距離が縮まる。近づくほどに心臓の鼓動がうるさくなったが、溢れる光りの美しさに次第にそれも気にならなくなっていった。
「すごい綺麗だったね」
 テンションの上がった星良に、月也は目を細める。
「うん、そうだね。ここは毎年けっこう気合い入れてやってるからね」
「来年も見たいなぁ」
 何も考えずに呟いた星良の手がそっと握られ、星良は驚いて隣の月也を見上げる。月也はイルミネーションを見上げたまま、微笑みながら口を開く。
「来年も一緒に見に来たいな。今度は、二人で」
 からかう口調では無く、穏やかで優しい声の月也に、星良は顔を赤らめた。
 一度俯いてから、再び顔を上げて月也の横顔を見つめる。
「……考えとく」
「即答で断られないだけ進歩かな」
「……かもね」
 星良の素直になれない素っ気ない返事にも嬉しそうに微笑む月也。
 こんな風に隣にいられたら、素直になってしまう日はそう遠くない気がしていた。

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