星空の下、星良たち四人は人混みの中をゆっくりと歩いていた。
 神崎家で年明けのカウントダウンをしたあとに向かった近くの神社は、初詣に訪れた人々で溢れている。ひんやりとした空気は、寒いというよりは心地よい。
 星良は前を歩いているひかり、太陽、そして隣にいる月也を見てそっと微笑んだ。こうやって一
年の終わりを、そして新しい年のはじまりを一緒に過ごすことができることがとても嬉しい。


 振り返れば夏以降、半年にも満たない間に色々とあった。
 太陽がひかりに恋をしていることに気づいて、自分も太陽に恋していたことを自覚した。
 ひかりの太陽への気持ちを知って、自分の気持ちを素直に打ち明けることができずに苦しんだ。あげくに、二人が両想いと知りながら太陽に強引にキスして、ひかりと互いにライバル宣言をしながらも距離を置いてしまった。
 慣れない女の子らしい格好で太陽とデートをした。
 月也に突然のキスと共に告白をされた。
 ひかりと太陽の想いが通じ合ったことを、唯花に映像を見せられて知った。それを受け入れようと思いながらも、さらにひかりと距離を置いてしまった。
 そのせいで自分の携帯電話が利用され、ひかりが危険なめにあってしまい、ひかりがどれだけ大切な友人だったが気づかされた。
 月也も大怪我をさせられて、どれだけ大事な存在か気づいた。
 みんな、失いかけてから気づいた愚かな自分が情けない。
 でも、気づけて良かった。
 自分の想いよりも大切な人たちの存在を……。


 もう昨年となった出来事を思い返しているうちに、参拝の順番がもう来るようだった。
 先に、前にいたひかりと太陽がお賽銭を入れ、一緒に鈴を鳴らし、拝礼をする。それが終わると、後ろにいる星良たちの向こうで待っていると目線で合図をしてから、参拝を終えた人の列に流れて歩いて行った。
 星良たちもお賽銭を入れ、一緒に鈴を鳴らす。拝礼をしながら、星良は静かに願う。

 大切な人たちが身も心も健やかに過ごせますように。
 その為にも、自分のせいで危ない目にあわせないよう、余計な恨みを買うようなことに首を突っ込みませんように。万が一の場合は、せめて話し合いで解決できるようになりますように。

 真剣に祈ってから、星良はちらっと隣の月也を見た。月也はこちらを気にすることなく、真剣に拝礼をしている。月也がゆっくりと目を開けた瞬間に星良も前を向き、さも今自分も拝礼を終えたふりをして、参拝を終えた人たちの流れにそって歩いて行く。
「星良さんは、何をお願いしたの?」
 尋ねてきた月也を、星良はちらりと見上げる。
「……余計なことに首を突っ込まなくなるように。万が一の場合は力づくじゃなくて話し合いで解決できますようにって」
 正直に答えると、月也は堪えきれないように肩を震わせて笑い出した。
「ちょっと! 人の真剣なお願い事を!!」
「いや、だって、星良さんらしすぎて……」
「だって、自分のやり方のせいで大切な人を巻き込んじゃったら嫌だなって……」
 月也が意識不明になったとき、自分のせいじゃないかと思ったら自分のしてきたことが本当に怖くなった。正しいと思ってやっていることも、願った結果が返ってくるわけではないのだ。
 少しふて腐れてうつむき加減で歩いていると、ふわっと右手が温かくなった。優しく月也に手を握られていることに一瞬後に気づき、顔を上げて月也を見つめる。
「その大切な人に、僕も入ってる?」
「っ……」
 面と向かって問われ、すぐに言葉が出せない。振り払いそこねた手の温かさが、星良の頬を赤く染めていく。
「入ってないの?」
「は、入ってるわよっ!」
 また大怪我をされたらと思うと、素直にそう答えてしまっていた。
 だからもう無理をして欲しくないと思いながら見つめると、月也は顔中に幸せをきらめかせたような微笑みをゆっくりと浮かべた。そのまま何も言わず、手を繋いだままゆっくりと歩を進める。人混みの中、境内の端の方で待っているひかりと太陽を見つけ、ゆっくりとそちらに向かって行く。
「つ、月也は何をお願いしたの?」
 恥ずかしさの中の沈黙に耐えかねて、星良は尋ねる。拝礼している時の月也の横顔は真剣だった。
「んー、神様が叶えてくれるものでもないんだけどね」
「? じゃあ、なんで願うわけ?」
「神にもすがりたくなるほど、叶えたいものだから」
 どんな願いだろうと考えながら、ふとひかりたちの方に視線を向けた時、その奥に人影が見えた。境内の裏辺りでかなり薄暗くなっているが、それでも怯えが伝わる少女と一瞬目が合う。少女はすぐに姿を消した。彼女の腕を無理やり引いた手が星良には見えた。
「……月也」
「ん?」
 月也には見えていなかったのか、自分への反応かと思ったのだろう。楽し気な笑みが返ってくる。
「ここ、ご利益ないかも」
「ほんの数分でずいぶん失礼だね?」
 目を瞬きながら突っ込みつつ、星良の視線の先を追う月也。ひかりと太陽はもうすぐそこにいるが、その向こうに何かあると予測はついたようだ。太陽も何か感じ取ったのか、背後を振り返っている。
「悪いけど、これ持ってひかりたちと待ってて」
 言いながら、星良は自分のバッグを月也に押し付けるように渡す。
 まだ願ったばかりの境内の中で、神様も舌の根も乾かぬうちにと呆れるかもしれないが、怯えた人に気がついたのに何もしないという選択はできない。せめて、話し合いで終わらせようと決意しながら、心配そうな瞳になったひかりの肩にすれ違いざまにぽんっと手を置いた。
「ごめん、三人でちょっと待ってて。少し用事をすませてくるから」
「星良?」
「星良ちゃん……」
 そのまま二人の間をすり抜けるようにして、星良は走り出すと境内の裏に回った。
 人が溢れている場所から近いにもかかわらず、境内から漏れる僅かな灯りしかないそこにはひと気はほとんどなかった。いたのは、土下座をさせられている中学生くらいの男子一人と、二十歳前後の青年三人。そのうちの一人に、先ほどの少女が無理やり肩を抱かれ、泣きそうな顔で凍りついている。
 彼らは突然現れた人間に一瞬驚いたように目を見開いたが、現れたのが女子高生一人と気づくとすぐに余裕の笑みを浮かべた。
「何? 迷子? ここ今貸し切り中なんだけどー」
「…………」
 その言い草にイラッとしながらも、話し合い話し合いと呪文のように呟く星良。ぎゅっと拳を握り、大きく息を吐く。
「迷子はそっちじゃないですか? 人生の」
「あぁ?」
 星良が抑えた声で放った言葉は、彼らの神経を逆なでしたようだ。少女を捕らえている男以外が、星良に歩み寄ってきた。男たちから離れることが出来た男子に逃げるよう目で促すが、少女を置いていけないというように唇を噛みしめて少女を見つめている。かといって、少女を捕らえている男から奪い返すこともかなわないようだ。膝をついた足が震えている。怯えているのか、男のプライドをズタズタに切り刻まれた怒りからかはわからない。
「何だって?」
 星良の目の前に来た二人が、星良を見下ろしながら低い声で脅すように言う。身長も高く、それなりに体格もいい。中高生がこんな奴らに囲まれたら、彼女を守るために土下座するのも仕方がないだろう。それをわかっていて弱いものに手を出すこんな奴らが星良は大嫌いだ。
 だがしかし、実力行使はしないと誓ったばかり……。
「年下の子にあんなことさせるなんて、人生の迷子じゃないですかって言ったんですけど」
 まっすぐに見返してはっきりとそう言うと、背後からブハッと噴き出す声が聞こえた。
 驚いて振り返ると、月也がしゃがみ込んで肩を震わせて大爆笑している。その後ろには苦笑を浮かべた太陽とひかりの姿……。
「向こうで待っててって言ったのに!」
「ほっとけないだろ、普通」
 まだ笑っている月也を半眼で見ながら、太陽が答える。
「それにしても、ひかりまで連れてこなくても!」
 心の傷を負っているひかりには、こんな奴らを視界に入れてほしくない。
「一人で置いてくるわけにもいかないし」
「足手まといにならないように気を付けるよ」
 太陽の陰に隠れつつ、怯える少女を気遣うように見つめるひかり。今の少女の気持ちが痛いほどわかるのかもしれない。
「何だよお前ら」
 女の子を捕らえているからか、自分たちの方が体格が良く見えるからか、太陽と月也が姿を現しても男たちは怯む様子はなかった。まだ笑っている月也と、ひかりを守るように立っている太陽を睨んでいる。
「その子の友達です」
 太陽が答えると、彼らは鼻で笑った。そして、一人が懐から何かを取り出す。
 手にしたのは小型の折り畳みナイフだ。ひかりの顔がサァっと青ざめる。
「だったら生意気なこいつ連れて帰れよ。そのかわいい子だけ置いてな」
 ひかりを見てニヤリと笑みながら、男たちは脅すようにナイフをちらつかせた。
 少年と少女が怯えたように息をのむのが聞こえる。月也は笑うのをやめ、太陽は眉をひそめてひかりをその背で隠した。
 男たちは押し黙った星良を通り過ぎてひかりに近づこうとしたが、自分の意思とは裏腹に足が止まる。気づかぬ間に、星良に襟元をつかまれていた。
「離……」
 二人の襟元を片手でつかんでいた星良の手をそれぞれ振り払おうとしたが彼らだが、最後まで言葉を発することも出来ずに地面に膝をついた。その拍子に手にしていたナイフも落とす。まるで重力が何十倍かになったかのように、立ち上がるどころか身体を思うように動かせない。反射的に星良の腕をつかむが、己が両手に対して星良は片手であるにもかかわらず、びくともしない。
「なっ……」
 訳も分からず星良を睨みつけた男たちだが、星良と目が合うとヒッと息をのんだ。
「汚らわしい目でひかりを見るな」
 静かにそう言った星良を見て、男たちは言葉を失っていた。身体を包む空気はひんやりとしているにもかかわらず、一瞬にして大量の汗をかいている。
 星良は次に、少女を捕らえている男を睨みつけた。ただならぬ気配に、男はびくっと身体を震わせる。
「その子から離れなさい」
「っ……」
 男がパッと手を放して後ろに下がると、少女は崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。男はじりじりと下がっていくと、身をひるがえして走り去っていく。
 星良の背後でトトッと足音がし、すぐにひかりが少女の元に走っていくのが見えた。一緒に移動した太陽は、膝をついたままの少年の傍に行く。
  二人にまかせておけば、少女たちのフォローは大丈夫だろう。人の気持ちを落ち着かせるよりは、自分は目の前にいるような輩を相手にする方が向いている。
 そう思いながら星良がひかりと太陽から男たちに視線を戻すと、少し前まで余裕の笑みを浮かべていたはずの彼らは、恐ろしい獣と対峙したかのように青ざめて震えていた。
「こんなふざけた真似、二度としないでもらえます?」
 星良の一言に男たちはこくこくと頷く。星良は苛立ちを隠せず、乱暴に男たちの襟を放した。その勢いで、両手を地面につく彼ら。おぼつかない足取りでなんとか立ち上がると、その場を去ろうとする。
「待ちなよ、お兄さんたち」
 しゃがんだままの月也が、男たちに声をかける。月也の冷たい微笑みに、彼らは足を止めた。
「ちゃんと返すもの返していってね。彼から巻き上げたんでしょ?」
「そ、そんなもの……」
 否定しようとした彼らに、月也はにっこりと笑む。
「正直に返しておかないと、後で後悔するよ? お兄さんたち、久しぶりの帰省とかなんだろうけど、友達に聞いたら誰にケンカ売ったかわかるんじゃない? それから謝っても遅いよ?」
 月也の言葉に、彼らは恐る恐る星良を見つめ、未だ恐ろしい目つきで睨んでいるのを確認すると、慌てて財布を取り出した。
「これでいいだろ!」
 五千円札をその場に放り投げる男たち。ひらひらと舞うお札を見事にうけとった月也は、少年を振り返る。
「金額あってる?」
 言葉はまだでない彼が頷きだけを返すと、月也は男たちに冷笑を向けた。
「じゃ、もう行っていいよ、お兄さんたち。今後は自分たちの行動に気を付けるんだね」
 ふふっと笑う月也をぞっとした様に見てから、男たちはふらふらとした足取りで走って逃げていった。


 怯えの色がなかなか消えない少女と少年が落ち着くのを待ってから、四人は二人をそれぞれの自宅まで送っていくと、ようやくホッと息をついた。
「年明け早々、災難だったな、あの子たち」
 太陽が苦笑を浮かべると、他三人も苦笑を浮かべて同意する。
「お参りしたばっかだったろうにね」
「ほんと、星良さんの言う通り、ご利益あるか疑いたくなるね」
 二人が災難だったことには頷いた星良だが、月也の言葉に口を開く。
「いや、ご利益はあったかも」
「そう?」
 不思議そうに見つめた月也に、星良は自慢げに口角をあげた。
「だって、話し合いで解決できたし!」
 言い放った直後、月也は背中を丸め、肩を揺らし、苦しそうに笑い始める。その反応に不服気に眉をひそめた星良は、同意を得ようとひかりと太陽を見つめたが、二人も苦笑を浮かべていた。
「星良……あれは話し合いって言わない。説得じゃなくて、挑発してたし」
「!?」
「えーと、反省して帰ったなら話し合いだけど、恐怖で逃げたのはどうかなぁ……」
 驚く星良に、ひかりは申し訳なさそうに告げる。星良は愕然としたように三人を順に見つめた。
「あれは、話し合いによる穏便な解決じゃないの?」
「うーーん……ちょっと違うかなぁ」
 困ったように、でも事実を答えるひかり。星良はがっくりと肩を落とす。
「あれでもダメなのかぁ……」
「ダメじゃないんじゃない? 誤解によるケンカとかならともかく、自分より弱いものをいたぶろうとする奴は、その場だけの説得じゃ心から反省なんてしないし。自分より怖い正義の味方がいるって知った方がもうできないかもよ?」
「……あたしにどうしろと……」
 がっくりと肩を落とす星良。
 力で解決しないで話し合いをと言われていた気がするから、みんなのためにもそうしようと思っていたのに……。
「まぁ、星良さんに危ない目にあってほしくないのが一番だけど……、星良さんは星良さんらしくしてればいいんじゃない?」
「それで、みんなに迷惑かけるんじゃないかと心配してるんですが?」
 とくに己の身を守れそうにないひかりをちらりと見てそう言うと、ひかりは柔らかに目を細めた。
「大丈夫だよ。星良ちゃんが信じる道を進んだ結果なら、何があっても迷惑だなんて思わない。そんな星良ちゃんだから、大好きになったんだもん」
 そう言って、ひかりは太陽の隣から星良の隣にぴょんっと移り、その細い腕を星良の引き締まった腕に絡めた。揺れた髪の毛からふわりと良い匂いが漂う。
「さっきの星良ちゃんも、カッコよかったよ」
「……ありがとう」
 少し照れながら答えると、太陽は微妙な笑みを浮かべ、月也はくすくすと笑う。
「男子が言われたい言葉で照れるのが、星良さんだよなー」
「……俺も頑張る」
 ぼそっと呟いた太陽に嫉妬されたと気づき、星良は思わず笑ってしまう。
 そして、笑える自分はもう、ひかりと太陽のことを完全に受け入れられたと実感する。
「よし、このまま帰ろう」
 ひかりと組んだ腕に少しだけ力を込めると、ひかりはくすっと笑う。
「うん。でも、本当に危ないことはしちゃ嫌だよ? 星良ちゃんが傷つくの、見たくないからね」
「そうだぞ、星良。困ってる人を見て見ぬふりする必要はないけど、警察(プロ)に任せるところは任せた方がいいからな」
 ひかりとは逆側に並んだ太陽が、星良の頭をクシャっと撫でる。それが純粋に心地よい。
「わかってますー」
「本当にわかってるかなぁ……」
 困ったように、でも優しく見つめる太陽に、星良は微笑んだ。
 こんな風に、二人の間に挟まれてもこんなにも心穏やかにいられることが嬉しい。
 それはきっと……。
「ちょっとー、仲間外れ感が強いんだけどー」
 端に追いやられた月也が拗ねた声をあげる。
「僕も星良さんの隣がいいー!」
「ダメ」
「譲りません」
 月也の抗議に、太陽とひかりが即答し、みんなでくすくすと笑いあう。

 温かく見守ってくれる太陽、優しく包み込んでくれるひかり。
 そして、どんな暗闇の中でも見失わずに見守ってくれる月也……。

 これからもそんな三人と共に入れることを、自信をもって傍にいれることを、星良は心から願ったのだった。


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