「キレイだったね」
 下駄を鳴らして歩きながら、隣を歩くひかりがそう言って微笑んだ。星良は慣れない歩幅に少しイラついていたが、先程まで四人で見ていた風景を思い出し、同じように笑みを浮かべる。
「月也、なかなかいい場所みつけてきたよね」
 今までは花火大会の会場や地元民には良く知られている人の多いスポットで見ていたが、今年は月也が見つけてきたという穴場で花火を見てきたのだ。
 花火大会の会場から離れた小高い場所に建つ神社。その裏手を少しいった所にある、大きな池があった。そのほとりで見上げる花火は、傍で見るような迫力はなかったが、天高く打ち上げられた花火が木立の上に見え、池の水面に鏡の様に映り、自然の中に二つの輝く花が咲いた様でとても美しかった。他に人がいなく、静かにゆっくりと堪能できたこともよかった。
「準備も万端だったしね」
 ふふっと笑いながら、ひかりは少し前を歩いている二人の背中を見る。楽しげに二人で話しこんでいるが、後ろにいる浴衣姿の女子の歩調に合わせて進んでいる彼ら。神社に行くまでも浴衣でも歩きやすい場所を選んでくれていたし、近くに屋台はおろか、飲食物を買う店がない為、事前に食料や飲み物も買っておいてくれた。花火を見る時の為にレジャーシートはもちろん、虫よけの用意も万全で、女子二人はただ楽しく花火を見るだけでよかったのだ。
「でもさ、あんないい場所知ってるなら、なんで彼女といかなかったんだろ?」
 恋にうとい星良でさえ、恋人同士でいったらさぞかしいい雰囲気になるだろうと思う程、いい場所だった。
「朝宮くんと一緒にいる方が楽しいから、かな?」
 前を歩く太陽と月也が楽しげにじゃれあっているのを、微笑ましそうにみつめているひかり。そんな男二人を見て、星良もそうかもしれないと思う。月也は、太陽の隣にいる時が一番いい顔をしていた。
「ま、月也がいいならいいんだけどさ、彼女に逆恨みとかされたくないなぁ」
 ぼそっと呟いた星良に、ひかりは苦笑いを浮かべた。
 一緒に花火を見ようと、星良が月也を誘ったわけではない。だが、彼女にしてみれば、彼氏と一緒に花火を見に行った女子などムカつく以外にないだろう。男子との喧嘩は平気だが、女子との喧嘩は苦手な星良は、まだ見た事のない彼女の事を思うとげんなりした。
「あたしが誘ったわけじゃないんだから、嫉妬なら太陽にしてほしい」
「……朝宮くんは誘ったの?」
 嘆息していた星良は、ひかりの問いの意味を計りかねてキョトンと見返した。
「太陽?」
「うん。朝宮くんとは、一緒に花火見に行こうって約束してたのかなって」
「あー……してない」
 言われてみれば、そんな事はしていないと気付く星良。もう何年も、花火大会どころか、クリスマスも初詣も互いの誕生日なども一緒に過ごす約束などしていない。「一緒に過ごそうね!」などという可愛い約束は、幼い頃にしたきりだ。いつの間にか、口にしなくても、一緒に過ごす事が互いに当たり前になっていた。
 イベントは太陽と過ごす。
 それは今も昔も変わらない事で、他に互いの友達も連れてくる事はあるが、どちらかが欠けている事はなかった。
 そんな風に思いかえしていると、ひかりがふふっと笑った。
「羨ましいな」
「何が?」
「当たり前の様にいつも一緒にいられる存在。高城くんもそうじゃないの?」
 星良は太陽にじゃれついている月也の横顔を見る。そう言えば、月也もいつの間にか当然の様に一緒にいた。だから彼女なんていると思わなかったし、彼女の存在をしらなければ今日だって何の疑問もなく月也も一緒に来ると思っていた。気がつけばここ数年は、三人一緒が当たり前だったのだ。
「いつも一緒にいたいって自然に思える人と出会えるって、幸せな事だよね」
 前を行く太陽と月也を見ながら、ひかりは目を細めた。
「ひかりは今までいなかったの?」
 眩しそうに二人の背をみつめるひかりに思わず尋ねると、ひかりは少し哀しげな表情になる。
「その時はそうだと思ってても、環境が変わると変わっちゃうんだよね」
 太陽たちの背中から自分のつま先へ、ひかりは視線を落とした。
「中学の時、いつまでも一緒だよって言ってた友達も、別の高校行って新しい友達ができたら、だんだんと距離があいちゃった。もちろん今もメールしたり時々遊んだりするけど、来年も一緒に行こうって言ってた花火大会の約束はすっかり忘れてて、とっくに他のお友達と約束いれてたみたい。離れちゃうと、そんなもんなのかな」
「そっか」
 寂しげなひかりに、星良はそう返す事しかできなかった。
 今まで親友と呼べるほどの女友達はいなかったが、友達はそれなりにいるし、何よりも星良には太陽がいた。太陽がいればそれでよかったので、ひかりの気持ちがわかるとは言い難かった。
「星良ちゃんと朝宮くん、学校違ってもずっと仲が良いでしょう。朝宮くんと話すと必ずと言っていい程星良ちゃんの話しが出てきて、ずっといいなって思ってたんだ。離れててもずっと繋がってる絆って、こんな感じかなって」
 ひかりの羨望の眼差しに、星良ははにかむ。
「唯の幼馴染ってだけだよ。っていうか、兄妹みたいな感じ? 家族って離れてても家族じゃ……」
「星良ちゃん?」
 照れを誤魔化す様に話していた星良の表情が、言葉の途中ですぅっと冷めたものに変わり、ひかりは小首を傾げた。星良の視線は、ひかりから、その背後に移っている。漆黒の目には、野生の獣が獲物を見つけた時の様な鋭い光が宿っていた。
「ごめん、ひかり。二人に送ってもらって、先に帰ってて」
「え? 星良ちゃん??」
 ひかりの華奢な肩にぽんっと手を置き、星良は太陽と月也が先を進んでいる道からそれ、脇道に入っていった。視線の先には、自動販売機の陰で、数人の男に囲まれて怯えた様子の中学生くらいの少年がいる。おそらく、花火大会の帰りにからまれたのだろう。
「ちょっと、何くだらないことしてんの?」
 険のある声に、四人の男が振り返って星良を見た。おそらく全員二十歳前後。悪びれる様子もなく、ニヤニヤと星良を観察した。
「何? オレ達と遊んで欲しいの?」
「くだらない事言ってないで、さっさとその子を放しなさいよ」
 腰に手をあてて言い放った星良を、男たちは笑いながら取り囲んだ。星良は怯えた様子を微塵も見せず、彼らの後ろでまだ動けずにいる少年を見る。
「ほら、君はさっさと逃げる」
 逡巡している少年に、追い払うように手を振る。少年は最初ゆっくりと後ずさり、踵を返すともつれそうな足で必死に走って逃げていった。
 男たちはそれを楽しそうに見送った後、星良に詰め寄った。
「あいつを逃がした責任、もちろんとってくれるんだよな?」
「まずはお財布出してみようか」
 詰め寄る男たちを見て、星良は短く嘆息した。
「あんたたち、バカ? なんであたしがそんな事しなきゃいけないのよ」
 呆れ顔の星良の襟元を、目に角をたてた男が掴む。
「てめぇ、なめてんじゃ……」
 最後まで言い切る前に、男の身体は地面に沈んだ。足払いされた事に気づく事が出来なかったのか、何が起こったのかわからぬ様子で星良を見上げた。
「集団じゃなきゃ強がれない奴が、調子に乗ってんじゃないわよ」
「っ……このっ」
 冷たく言い放った星良の背後にいた男が殴りかかろうとした気配を感じ、星良は反身を返してよけようとしたが、開こうとした足が丁寧に着つけられた浴衣の裾によって阻まれる。あっと思い、反射的に腕で受け止めようとした男の拳は、星良に当たる寸前で止められた。
「星良……学習能力ないの?」
 呆れた声が男の後ろから聞こえ、星良は唇を尖らせた。
「だって、浴衣なんて普段きないから!」
 男の振りあげた腕を片手でつかみ、溜息をついたのは太陽だった。男の手を放し、仲間の元に駆け寄る姿を見ながら星良の隣に立った太陽を、星良は拗ねた顔で見上げた。
「っていうか、なに来てんのよ。ひかりを送っていってほしかったのに」
「月也に任せたから大丈夫。それより、星良を一人にしておく方が心配だから」
 そう言って、くしゃくしゃと星良の頭を撫でる太陽。星良は少し嬉しそうに頬を緩めた。
「浴衣の動きづらさを忘れて一撃でもくらったら、手加減忘れるだろ。やりすぎたら相手が可哀そうだし、久遠に借りた浴衣を返り血で汚したりしたら大変だし」
「そっちの心配!?」
 噛みつくような表情で見上げた星良を、太陽は可笑しそうに見つめていた。その目を見て、本音は本当に心配して来てくれていると悟る。太陽は平和主義者だ。拳で黙らせるより、話し合いを選ぶ。最初から太陽に声をかけていれば、喧嘩をせずに解決できたかもしれない。殴られそうになどならなかったはずだ。直ぐにカッとする自分を、太陽は遠まわしに注意しているのだ。
星良がほんの少し反省している間に、男たちは新たに現れた存在と、二人の会話に動揺しているようだった。
「セイラって……まさか、破壊神か?」
「アホか。鬼神が浴衣なんて女子アイテム着るわけねーだろ」
「だよな」
「でも、返り血とか言ってたぜ」
 男たちの会話が耳に入り、星良はひくっと顔を引きつらせた。
「あたしが浴衣きたら悪いのか!」
「やっぱりあの神崎か!」
 どうやら一部で悪名高く噂されているらしい星良に、太陽は苦笑いを浮かべ、星良は眉をつりあげた。
「何よ、あの神崎って!」
「お、お前、最近俺らの仲間をいたぶってくれてるらしいじゃねーか」
 星良の怒気に腰がひけながらも、一人の男が言いかえした。女子高生にビビっていられないと言うプライドが、かろうじて支えている感じだ。
「星良は理由なく人に手をあげたりしない」
 星良が言いかえす前に太陽が静かだが凛とした声で言い放ち、星良は隣の太陽を見上げた。思わず口元がほころんでしまう。
「やり過ぎたならそこは謝るけど、星良が手を出すような事をしていたあなたたちの仲間が悪い。星良に文句をつける前に、自分たちのした事を反省すべきだ」
 太陽の正論に、男たちは無言で太陽を睨みつけた。言葉で言われて素直に反省する類の人間ではないらしい。
「ちょっと顔がいいからって、カッコつけてんじゃねーぞ」
「いや、顔は関係ないと思う」
 星良がぼそっと突っ込むが、男たちの耳には届かなかったようだ。星良が浴衣姿で動きづらそうな事と、そんな星良を庇うように太陽が立っている事が、男たちを少し強気にさせたようだった。この状況で、四対二なら勝算があると踏んだのだろう。逃げ腰だった男たちは、一歩近づいてきた。
「カッコつけているんじゃなくて、当たり前の事を言っているだけなんですけどね」
 やる気満々の男たちに嘆息する太陽。男たちとは違い、臨戦態勢にははいっていない。出来るだけ、暴力沙汰は避けたいようだ。被害にあっていた少年がもう逃げたのだから、自分たちもこのまま立ち去るのがいいと考えているのが、太陽の横顔から読み取れた。太陽を巻き込むのは気が引けるので、星良もその考えに心の中で賛同した。無駄に戦いたいわけではない。
 太陽が星良を庇うような形で男たちから距離をとりながらゆっくりと後退るのにあわせ、星良も少しずつ後ろにさがった。浴衣でなければ走って追いつかれない自信はあるが、今はそうもいかない。裾をまくったところで、下駄で全力ダッシュは無理だ。
一度足払いでもくらわせて、彼らの足止めをしてからこの場をさればいいかと考え始めた時、背後に複数の気配が近づいているのを感じ、星良は振り返り表情を強張らせた。同時に振り返った太陽は、はっと息をのんだ。
そんな二人を見て、詰め寄っていた男たちは下品な笑い声を上げた。
「ごめーん、星良さん。捕まっちゃった」
 その場の空気にそぐわない、明るい声でそう述べたのは月也。十人ほどの男のうち二人に片腕ずつつかまれ、その隣には一人の男に背中を小突かれながら歩く怯えたようすのひかりがいた。

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